第352話 車道に出てしまう
「歩道に戻れ!」
怒号としか思えない、威圧的な声だった。
私はミリアを肩車した状態で目を塞がれている。声の出どころは車道の中央方向だった。
「さあ、あっちなのです」
ミリアが体重を乗せて行き先を示す方向も同じ。
「ミリア、前が見えない。腕をどけて」
私たちがいた場所は小さな交差点だった。車道と歩道の境界にはガードがなく、ロープだけだった。
そのロープに体ごと引っ掛けて、飛び越えてしまったから今は車道に出てしまっている。
以前の私だったらミリアを担いだ状態でロープを飛び越えるなんて無理だった。ダンジョンハンターとしてランク7だからこその身体能力だ。
「戻れというのが聞こえないのか! そこの女!」
さすがに中学生の私たちをいきなり撃つようなことはなかった。
だが、いつまでもここにいたらどうなるかわからない。
私はミリアを担いだまま、別の方向へと走り出した。
「おい、そっちへ行くな!」
ガチャガチャと足音が聞こえる。ブーツとアスファルトがぶつかる音だ。
鎧の擦れる音が多かったが、衣擦れの音もする。何人ものハンターが私たちへと向かっているのがわかった。
「お姉様、ストップ。ストップなのです」
ミリアの声がかかった。肩から後ろへずり落ちそうになっていたミリアが態勢を戻そうとして這い上がった。
私の脳天に手を置き、ミリアは肩の上に座り直した。
私の目を塞いでいた腕がなくなり、視界が広がる。
私たちは20人ほどのハンターに囲まれていた。鎧姿の男性ハンターや、ローブを着た女性ハンターがいる。剣や槍、ボウガンのような武器を持っていた。長い杖を手にした魔法職らしきハンターもいた。
「お前、まだ子供か。車道へは入るなと言っただろう」
「すいません……」
ミリアを肩車した状態で完全に包囲されていた。
私は素直に謝る。「子供じゃなくて、中学生です」と小さな声で呟く。ちらりと前を見ると、完全に車道の中央付近まで来てしまっていた。
ハンターたちに囲まれていても、ミリアはのんきだった。手を庇のようにして遠くを見ている。
「お姉様、ゲートがよく見えるのです。ゲートが燃えているのです。青白く炎が立ち上っているのです」
ミリアは嬉しそうに足をバタバタと動かしながらはしゃいでいた。
体ひとつぶん上にいるミリアからはよく見えるのだろう。
私からはゲートは見えない。ハンターたちが邪魔になっていた。
ガタイのいいハンターが私の方へと歩み出た。
「申し訳ないが、貴様を警察に引き渡す。一時的に拘束されることだろう。留置所で頭を冷やすことだ」
すると、ミリアが突然大きな声を張り上げた。
「控えーい! お姉様に対して偉そうなのでありますよ! ミリアの下にいるこの方をどなたか知らないのですか!? この世の支配者、いずれは夜の帝王。ダンジョンを下へ下へと突き進む、それはミリアのお姉様。お姉様でありますよ!!」
私たちを囲んでいたハンターたちの後ろから、1人の女性が人をかき分けて入ってきた。
「ミリア……さん?」
ロングの黒髪をひっつめにして、事務書類を脇に抱えている。服装はオフィス街にいそうなパンツルックのスーツだ。薄いグレーのスーツはダンジョンの受付でも目にすることがある。
「私はハンター事務局の職員で、桜川華子と申します。ミリアさんにメッセージを送らせていただいたのが私です」
桜川さんは近づいてきて、見上げるように顔を上げた。
ミリアの顔は2メートルくらいの高さにあるから、ミリアからは完全に見下ろす形だ。
「桜川です。よろしく、ミリアさん」
桜川さんはミリアと握手しようと手を差し出した。ミリアは握手の代わりに、私の頭を抱きかかえるように腕を回した。
私はまたもや視界を塞がれた。
「桜川はお姉様を捕まえるのですか? 留置所に入れるのですか? ミリアがさせないのです。お姉様を守るのです」
「お姉様?」
桜川さんが首を傾げたので、私は挨拶をする。
「こんなところからすいません。ミリアと同居をしています。筑紫春菜と申します。保護者みたいなものだと思ってください」
「え、ああ。春菜さん」
「よろしくお願いします」
お辞儀ができないので、膝を少し曲げて屈伸し、挨拶の代わりとした。
「ミリア、ほら。ハンター事務局の職員さんだよ。ちゃんと挨拶しなさい」
「お姉様の敵ではないのですか?」
「敵じゃないよ」
ようやくミリアは私の頭から腕をほどいてくれた。視界が回復する。桜川さんに手を伸ばし、握手を交わしていた。
「よろしくね。ミリアさん」
桜川さんは取り囲んでいたハンターたちへ向けて声を張った。
「みなさん、こちらは私がお呼びした協力者の方となります。お騒がせして申し訳ありませんでした。あとは、私が引き取ります。引き続き、周辺の警護をお願いします」
桜川さんの言葉を聞いたハンターたちは不満を漏らすことなく、無言で散っていった。
私とミリアは桜川さんの案内でゲート前まで行けることになった。
3人で車道の中央を歩く。
ミリアは相変わらず肩車から降りようとしなかった。
「ねえ、ミリア。いいかげんに降りてよ。歩道にいる人たちがみんなこっちを見ている。スマホで写真を撮っている人もいるじゃない。恥ずかしいから、降りて歩こうよ」
「嫌なのです。ミリアはここがいいのです。もっとお姉様の肩がいいのです」
「だめ。降りるの。もう十分に肩車したでしょ? 小学生じゃないんだからさ。ミリアは中学生なんだよ?」
そう言いながら、私は前かがみになり、ミリアの足が地面につくくらいに頭を下げた。
「嫌なのです! 降りないのです! ミリアは絶対に歩かないのです! お姉様に運んでもらうのです!」
足を前後に振り、意地でも地面につけようとはしない。前かがみのこの態勢で激しく足を振られると非常に辛かった。
私は仕方なく、ミリアの体を持ち上げ、再び肩車の状態に戻った。
「じゃあミリア。あと20歩だけね。20歩進んだら降りてね」
「嫌なのです! 降りないです!」
「なら、ゲートの前。そこで降りよう」
「やなのです! ミリアは降りたくないのです!」
私の頭に腕を巻き付け、またもや視界を塞がれてしまった。
前が見えない状態で桜川さんに問いかける。
「ところでゲートの様子はどうなっていますか? クエストのクリアはできそうですか?」
「はい。今のゲートは地下2階の出現ですので、じきに終わるかと思います」
桜川さんの口調には危機感はなかった。
「なら、楽勝ですね」
「ええ、これなら歩道にいる方々の避難指示も出さなくて済みそうです」
「ミリアの出番もなさそうですね」
「そうですね。せっかく来ていただきましたが」
「肩車をしに渋谷に来たようなものですね」
「ふふ、そうですね。でも、楽しそうですよ。ミリアさん」
私からは見えないが、ミリアはニコニコの笑顔なのだろう。しばらく歩くと腕を開放してくれたので前が見えるようになった。
歩道からの注目を浴びながら、やたら広い車道を桜川さんと歩いていく。
車道にいるのは私たちと何人かのハンターたちだ。
ゲートまではあと100メートルほど。
青白く燃えるような巨大な入口は、その向こう側が見えない。私たちから見えるのは青い炎だけだった。
その炎がひときわ大きく膨れ上がったように見えた。
どこかで大きな声を張り上げるハンターがいた。
「緊急事態発生!」
突然、慌ただしくすべてのハンターたちが動き出した。
「複数ゲートの重ね合わせが確認された! 警戒レベル1から3へ移行! ランク6クラスじゃないと対応ができない! ハンターの要請を急げ!」




