第353話 多重ゲート
私にはゲートの難易度は変わらないという思い込みがあった。複数ゲートの重ね合わせだと言っていたが、私の予想ではゲートがある場所にさらにゲートが出現したのだと思われる。
そして最初のゲートよりも難易度が高いものだから、ハンターたちは慌てだしたようだ。
ゲートの入口周辺では、慌ただしく動き回るハンターたちがいた。それとは対照的に、私たちはのんびりと歩いていた。ミリアは相変わらず私の肩から降りようとしてくれない。
「警戒レベル3だって。大変そうだねえ」
「お姉様。ランク6を要請とのことです。お姉様は必要ありませんね」
歩道にいる人たちに避難命令が出ないのは、クエストクリアまでに時間の余裕があるからだ。
私が気になるのは横にいる桜川さんで、顔色が真っ青だった。
「大丈夫ですか? 具合が悪そうですが」
桜川さんは私の問いかけにすぐには答えなかった。過呼吸になりそうなところを、息を整えながら話しだした。
「新宿と横浜に高レベルハンターを回してしまったのです。一度ゲートに入ってしまうとクリアまでは出られません。今、大阪で手の空いているハンターを呼び戻しているのですが……」
「大阪ですか。時間がかかりそうですね。でも、クエストクリアの制限時間には問題ないと思いますが」
「そうではないのです……。ゲートの重ね合わせが想定外だったのです。すでに先発隊がゲートに入ってしまいました。それなのに、難易度が途中で変わってしまった。それが問題なのです」
「もしかして、レベルの低いハンターが中に?」
「けっして低くはないのですが……。それでもランク6が1人いるだけで……。他はレベル40台と50台……。無事だといいのですが……」
桜川さんは貧血になったかのように血の気がなくなり、そのまま倒れそうになった。私とミリアで慌てて支える。
「すみません、春菜さん、ミリアさん……」
桜川さんはぐったりとしていて弱々しい。
「本当に大丈夫ですか!? 座って休んだほうが……」
「いえ、大丈夫です。休んでいるわけには……。ハンターを配置した責任がありますし、それに……」
「それに?」
「いえ、なんでもありません」
桜川さんは言葉を濁した。
「私でよければ言ってください。何かできることがあるかもしれないじゃないですか」
腕の中で桜川さんを抱えながら、じっとその目を見た。桜川さんはぷっと吹き出した。悲壮感の漂っていた顔に笑みが浮かんだ。
「ミリアさんを肩車した状態で真剣な顔をされると……。おかしくて……。ごめんなさい」
桜川さんは少し笑ったあとで説明してくれた。
「すみません。ちょっと私情を挟んでしまったのです。先発隊のリーダーは私の彼……つまり恋人なんです。ゲートの中で怪我をしてしまったようで、その情報がこちらにも伝わってきたものですから」
現在はハンター事務局がゲートの対応をしている。公開されたダンジョン配信は行っていないが、プライベート配信によって内部の情報は知ることができる。
桜川さんは怪我としか言わなかったが、詳しく話を聞き出すと怪我なんて生易しいものではなかった。すぐに対処しなければ命に関わるほどの重傷だった。
「まだこんなとこにいたのか! 肩車少女!」
野太い声が聞こえて振り向くと、取り囲まれた時に声を掛けてきたガタイのいいハンターだった。
「肩車少女よ。君たちにできることは何もない。私は桜川氏と話があるので、いいかな?」
そう言って、私たちの間に体を入れてきた。ハンターはこちらに背を向けて桜川さんと話しはじめた。
「ポーションを持って私が特攻いたします。柳井氏までお届けします」
「待ってください。あなたはレベル59ですよね? 私には許可を出せません。今、こちらにレベル60台のハンターが向かっています。それを待ちます。剛力ハンターは待機を」
「しかし、そんな悠長なことを言っている場合じゃ」
紫のローブを着た女性ハンターが私たちに近づいてきた。
「私も行きます。私は回復師です。きっと、お役に立てるはずです」
ところが桜川さんは首を振る。
「お二人とも、許可をいたしません。無謀です。今、ゲート内は非常に危険な状態です。一度入ったら外に出られないのですよ」
「しかし、このままでは先発隊の25名は全滅です」
「だからといってポーションを配達するとか、そこまで走っていけばいいとか、そういう状況じゃないんです。あなたがたでは絶対に無理なんです」
その時、ゲートの青い炎がさっきよりも拡大した。遠くで別のハンターが叫んでいた。
「さらに状況が悪くなった! 警戒レベル4! 民間人の避難を! 自衛隊の戦車を配備! 戦闘機のスクランブル発進を要請!」
桜川さんが倒れそうになる。
剛力と呼ばれていたハンターが彼女を支えた。紫のローブの女性ハンターは不安そうにゲートを見ていた。
私は肩の上のミリアに声を掛けた。
「ミリア、行くよ」
「はい、なのです。お姉様!」
「降りて! 緊急事態なんだから!」
「嫌なのです! お姉様!」
「降りろおおお!」
私はミリアを振り落とそうと頭を振る。
剛力ハンターが、私に声を掛けた。
「待て、肩車少女よ。ゲートに入ろうというのか?」
「はい。私がポーションを届けに行ってきます」
「無謀だ。すでにランク6のハンターであっても危険な場所となっている」
「大丈夫です。私とミリア、合わせてランク24ですから」
単純に足し算できるようなものではない。ミリアが肩車から降りてくれないから、仕方なく合計を告げた。今は合体状態だ。
「何を言って……」
剛力ハンターに支えられていた桜川さんが、彼の持っていたポーションを手に取った。
「やはりここはミリアさんに頼るしか……。お願いできますか?」
「はい!」
返事をしたのはミリアではなく、私だ。
「無謀だ。無茶だ。こんな肩車少女に何ができるというのか――」
私は桜川さんからポーションを受け取った。
「じゃあ、行ってきます」
歩き出した私に、剛力ハンターと女性ハンターが慌ててついてきた。
「肩車少女じゃ心配だ。私も行こう。剛力万太郎だ。よろしく頼む」
剛力ハンターは重厚な装備で、鎧はがしゃがしゃと音を立てる。
「私も行きます。鈴原玲です。なんとお呼びしたらいいんでしょう? 肩車少女……さん?」
鈴原ハンターは紫のローブに長い杖を持っている。
私一人で行ったほうが早い気もする。だが、ミリアが肩車から降りようとしてくれない。
早足で歩きながら、私はタブレットを操作して装備を実体化させる。
私の全身が銀色の鎧に包まれた。アストラル装備の通常状態。エンチャントは作動させていない。
剛力ハンターと鈴原ハンターが驚きの声を上げた。
「肩車少女はハンターだったのか!?」
「ハンターだったのですね!? 肩車少女さん!」
早足で2人が後ろからついてくる。
そう言えば名前を伝えていなかった。
もう、肩車少女でいいかな……。
私は青白く燃えるゲートの中へと足を踏み入れた。剛力ハンターと鈴原ハンターも遅れて入ってきた。




