第351話 肩車されるミリア
ミリアの手を引っ張って駅へ向かって走る。タイミングさえ良ければタクシーより電車のほうが早いと判断した。
電車に乗り、ほどなくして私たちは渋谷駅へと降り立った。相変わらず人の多い駅だ。スクランブル交差点側のハチ公改札から駅を出る。
「ミリア、待ち合わせはどこ?」
「渋谷駅としか聞いていないのです」
「では、【渋谷駅に到着】と連絡してみて」
「了解、なのです」
時刻は9時45分。
ネットニュースを見てもゲート発生の話題は見つからない。
だが、周囲を見回して違和感があった。
渋谷駅前のスクランブル交差点。
車が1台も走っていないのだ。
半径5キロ以内が立ち入り禁止で外出禁止。
他の場所はわからないが、渋谷に関しては「道路上」のみに適用されている。つまりゲートが出現するのは車道だということだ。
タクシーで来なくて良かった。途中で通行止めになっていたはずだ。
一方、歩道は人で溢れている。
あちこちに警察官や自衛隊員が立っていて、車道へ出ないようにロープが張られていた。
ふと見ると、車道には何人かのハンターが歩いていた。重厚な鎧を身に着け、4車線ある道路の真ん中を堂々と歩いている。
「ゲート出現と同時にクリアしてしまおうという作戦かもね」
発生場所の制限はできても正確な位置までは限定できない。
「お姉様。事務局から返事が来たのです。ミリアはクエストに失敗した時にモンスターを通せんぼすればいいのです。楽勝なのです」
「なるほどね。クエストが失敗した時の要員ということか。私も出番はないね。私より強いハンターたちがいるしね」
私はジーンズにTシャツというラフな服装だった。Tシャツが皺だらけだが、誰も私のことなんて気にも留めないだろう。
「お姉様は謙遜なのです。お姉様ほど強いハンターはいないのです」
「何言ってんの。ミリアだってすごいんだよ」
「いえ、お姉様こそこの世の支配者になるべき方だと思っているのです。ミリアでは無理なのです。この世の支配は」
「支配するつもりなんてないからね」
「お姉様にそのつもりはなくとも、強き者の定めなのです」
私とミリアが歩きながら話していると、周囲にいた人たちが急に騒ぎ出した。
「おい、あっちにゲートが出現したらしいぞ」「本当か!?」
「行ってみよう」
「なあ、ゲートが現れたんだって」「おお。待ってた。早く行こうぜ」
私とミリアは無言で目を合わせた。歩行者たちは一斉に同じ方向へと進み出す。私たちもその流れに乗る。
車道の封鎖は正解だったかもしれない。いざとなれば、車道に出て駆けつけてしまえばいい。
空にはヘリコプターが飛んでいた。ゲートを空から撮影するテレビ局だろう。
歩く人の多くがスマホを手にしていた。撮影する歩行者に混ざって、小型のビデオカメラを持つ者もいた。それもテレビ局のスタッフかもしれなかった。
なにしろ、これは日本で3例目のゲート出現だ。生でゲートを目にしたことがあるのは千の宮中学校の私たちだけだ。日本人は誰もゲートの出現に出くわしていない。これが事実上、初めて公開されるゲートとなる。
しばらく進むと歩道は人で詰まっていた。これ以上先へ進むのは難しそうだった。
前方の人々の頭の上に青白い光が立ち上っている。あそこがゲートの出現場所だ。
背伸びをしても前の男性が邪魔になっていて見えない。
ミリアはぴょんぴょんと飛び上がっているが、高くは飛んでいない。ミリアの脚力であれば飛び越えることは容易なのだが、そこはミリアもわかっている。
力を制限しているミリアが人間の常識をわかってきている証拠だった。
その時、近くで悲鳴が聞こえた。
「うわあああああ……」
車道上で1人の男性が足を押さえながら倒れていた。押さえている箇所からは血が流れている。
「撃たれたぞ」
「ハンターが攻撃したのが見えた」
「ひでえ……。足を撃ったのか……」
どうやら男性は警察官の制止を振り切って車道に出てしまったようだ。そこでハンターの攻撃を受けた。
銃のようなものを手にしている1人のハンターがいた。正確には銃ではなく、魔法により生み出された氷の弾丸を撃ち出す装置だ。
「一般人は車道に出るな。ハンターも事務局から要請があった者のみだ。緊急時以外は車道に出ることを禁ずる」
ハンターは銃を肩に担いで大きな声を出していた。
足を撃たれた男性には別のハンターが寄り添っていた。女性ハンターで紫のローブを着ている。
「神聖なる治癒」
女性ハンターは傷口に手をかざし、その手からはまばゆい光が溢れ出した。
呻いていた男性は次第に落ち着きを取り戻す。
足の治療が終わると、警察官に肩を支えられながら歩道へと戻った。
ミリアが私のTシャツの袖を引っ張った。
「お姉様……。あの者は無抵抗の人間を撃ったのです。ひどいことをしたのです。今こそお姉様の手で断罪を……。正義の鉄槌を下してください、なのです……」
「あれは、あの男の人が勝手に車道に出たからだよ。たぶん、ゲートのところに行こうとして」
「しかし、誰かを攻撃したわけではないのです。ただ歩いただけなのです。それなのに撃たれてしまったのです。ひどいのです」
「まあ、撃つ前に、言葉で警告してもいいんだろうけどね」
あれは他の人への警告でもある。躊躇なく足を撃ち抜くことで、例外を許すことなく車道への侵入を防ぐためだ。
「お姉様。後ろから押されているのです」
ミリアの言う通り、歩道はすし詰め状態になりつつある。強い力ではないが、どうしても後ろから押されてしまうことがある。
「帰るに帰れないし、前にも進めないし、困ったね」
「ゲートも見えないのです」
ミリアは歩道と車道の間に張られたロープから身を乗り出して前方を見ていた。
「ほら、下がって下がって」
警官が近づいてきて、ミリアに手を伸ばした。
まだ若い、20代と思われる男性の警官だった。
ミリアは警官の目を見つめる。
ミリアはサキュバスだ。魅了の魔法によりいとも簡単に操ることができてしまう。それは高レベルのハンターだとしても同じだ。ただし、男性に限る。
私はミリアの股の下に首を突っ込み、肩車の要領で一気に持ち上げた。ミリアの体が歩道の群衆から飛び出ることになった。
「ほーら。ミリア。これなら見えるんじゃない? どう? ゲートは見える?」
ミリアに魅了を使われるとやっかいだった。だが、そのことはミリアも理解していたようだ。
「お姉様。ミリアが魔法を使うと思ったのですね。それを妨害するためにこんなことを」
「駄目だからね。こんなところで使っちゃ」
「ミリアもわかっているのです。何日中学校に通ったと思っているのですか? しかも小学校ではなく、中学校なのです。お姉様、ミリアは小学生ではないのです。わきまえているのです」
「そっかあ。ミリアもわかっていたかあ」
だが、ミリアはさらに先を見ようと体をのけぞらせながら、足をばたばたと動かしはじめた。今は肩車の状態だ。あまり動かれるとさすがにきついものがある。
「お姉様。なんですか、これは? 高くて楽しいのです。もっと背伸びをしてくださいなのです。ミリアはこんなに楽しくて、最高な気分は初めてなのです。もっと、もっと、なのです」
「しょ、小学生みたいじゃない……。ミリア……」
ミリアが激しく動くものだから、声を出すのも苦しくなる。ミリアの足が周りの人にあたり、私は「すいません、すいません」と謝った。
「お姉様、このまま前進しましょう。人混みをかき分けましょう。あっちです。お姉様。ゲートはあっちなのです。ミリアには見えているのです。お姉様を導くのです。さあ、進むのです」
ミリアは私の肩の上でゲートの方向を指さしながら動きまくる。ミリアのことを落としてしまいそうになるが、ここでミリアを落とすと周りの人を巻き込んでしまうことになる。
私は懸命にミリアの足を押さえていた。私の上で「あっち、あっち」とはしゃぐミリアは本当に小学生のようだった。
「ミリアぁー。重たいし、疲れた。下ろしていい?」
「嫌なのです! 嫌なのです! ミリアは下りないのです。もっとお姉様に乗っていたいのです!」
ミリアは駄々をこねながら私の頭を抱きかかえてくる。腕を頭に巻き付けてくるから目を塞がれて前が見えなくなった。しかも、ミリアを肩車した状態は重心が高くて不安定だった。
よろよろっとよろけて、私たちはそのまま車道へと出てしまった。




