第348話 未来の可能性
まあ、難しい話はよくわからないけれど、悪いやつを倒せばいいのだ。まとめると、そういうことだ。
それと、選びたい未来は自分で選び取ればいい。
私は思わず呟いていた。
「もしも、複数の世界が重ね合わせで存在するとしたら――」
もりもりさんが優しげに私の顔を覗き込んできた。慈愛に満ちた聖母のような表情だった。
「もりもりさんとお兄ちゃんが結婚する世界なんて存在するのかな?」
なんとなく口にした言葉に、もりもりさんは驚いた顔をする。
「は、春菜さん……」
もりもりさんはそれ以上、言葉を出せないでいる。
まるで私のことを抱きしめんばかりに、両腕を広げながらもりもりさんがゆっくりと近づいてきた。
そこに湊ちゃんの冷静すぎるほど淡白な声が響いた。
「春菜、可能性がある未来だけが存在しているんだと思うよ」
もりもりさんはぴたりと動きを止めた。
「あ、そうかあ」
間の抜けた私の声が廊下に流れた。
他には誰もいないから、声がよく反響する。
窓からは穏やかな陽が差し込んでいて、暖かくのどかな空気が流れている。
もりもりさんが私の義姉になっている世界。そんな世界もあったら悪くないなあ、なんて思ったのだが、まどろみの中で見ている夢のようなものなのだろう。
「可能性がないものは無理なんだね。じゃあ、そんな未来はないってことだね」
「どう考えても、可能性なんてないと思うぜ。無理なものは無理だな」
春日井君は頭の後ろで手を組み、廊下の先を歩いていく。
湊ちゃんはそれを追いかけるように小走りになった。
春日井君に追いついた湊ちゃんはこちらへと振り向く。
「ゲートの調査も終わったことだし、帰ろうか。ねえ、春菜」
「うん、帰ろう。湊」
私もすぐに追いついて、湊ちゃんの肘を取った。振り向くと、固まったもりもりさんの姿があった。棒立ちになっていて動かない。
「もりもりさん?」
私は呼びかけるが、まるで別次元に行ってしまったかのように魂の抜けたもりもりさんだった。しばらくして、はっと我に返った。
「え、ええと……。その可能性しかないんですからね。私は結婚するんですからね……」
私はもりもりさんに向けて大きく手を振る。
「早く帰りましょう!」
私が声を掛けると、もりもりさんは今にも転びそうなほど足をもつれさせながら歩いていた。
強いのか弱いのか、頼りになるのかならないのか、よくわからないもりもりさんだ。
湊ちゃんと繋いでいた肘を解き、もりもりさんの方へと向かった。
手を差し伸べると、もりもりさんは私の手を取って、2人でいっしょに歩き始めた。長い廊下が先へと続く。
春日井君と湊ちゃんとは離れてしまった。
2人は1クラス分くらい先を歩いている。
私はまるでこの場所が教会のように見えた。
春日井君がお兄ちゃんのように見え、ローブを着た湊ちゃんは神父に見えた。
もりもりさんの手を取る私は花嫁をエスコートする役。
廊下には真っ赤な絨毯が敷かれ、祭壇へと伸びている。
もちろん実際には絨毯なんてないし、ここは教会ではない。
でも、いつかこの光景が実現するような気がしていた。私が手に取る女性はお兄ちゃんの結婚相手。
純白のウェディングドレスに身を包んだ花嫁の顔はベールが下りていて見ることができない。
でも、その下の顔はわかっていた。いつも見慣れている、美人で優しいブロンドの女性だ。
そう、目の前にいるもりもりさんのような綺麗な人……だったらいいなと思いながら廊下を歩く。
いつか来るであろう、その日。
お兄ちゃんの結婚式。
一度くらいは練習しておかないといけないと思い、もりもりさんには悪いけれど、新婦をエスコートする練習として今この場を使わせてもらうことにした。
もりもりさんの腕を取って、私は廊下を歩いていく。




