第347話 プリミティブ・デバイスの起源について
「私たちもプリミティブ・デバイスの中身を見ることはできませんか?」
「まず無理でしょうね。そもそも見る必要はありません」
「どういうことですか?」
「プリミティブ・デバイスは予言書のようなものだと考えてください。未来のことが書かれているのですが、人類が知る必要のある時に必要な情報を開示するよう指定されています。事務局の判断で開示している部分もあるのですが、基本的にはプリミティブ・デバイスの指示に従って開示されることになっているのです」
「このゲートの出現も予言されていたということでしょうか?」
「もちろん予言されていて、事務局は準備をしていました」
湊ちゃんが興奮気味に割って入ってきた。
「ちょっと待ってください、もりもりさん。事務局はどこまで知っているのですか?」
話が難しくなってきたので、この先は湊ちゃんに任せたほうがいいかもしれない。
「事務局の末端の人間は何も知りません。知っているのは上層部のほんの一部です」
「もりもりさんもそこに含まれるのですか?」
湊ちゃんの問いかけに、もりもりさんは小さく首を振って否定する。
「まさか。私程度ですと、相手にもされませんよ」
「それは、もりもりさんのレベルが低いからということですか?」
「まあ、それもあるのですが……」
もりもりさんは言葉を濁すようにして目を逸らした。
春日井君と私は顔を見合わせ、言葉を交わす。
「俺が思うに、その上層部とやらはハンターとしての実力も高いんじゃないかな? もりもりさん以上に」
「つまりお兄ちゃんとか、ミランダさんクラス? ならお兄ちゃんも上層部に入っていたり?」
だが、私たちの推測は的外れだった。
「それはないですね。上層部は桁違いの強さです。冬夜さんでも相手にならないくらいですから。そもそも彼らは人間じゃな……」
言葉の途中でもりもりさんは口を押さえた。しまったという様子で、言ってはならないことを口にしてしまったことが伝わった。
「私、わかっちゃったかもしれない」
湊ちゃんが小さな声で呟いた。
「失言でしたね……」
もりもりさんは苦い顔をしている。
「言ってもいいのかな?」
もりもりさんは諦めたように首を振った。
「いずれは春菜さんも春日井さんも知ることになるのでしょう。もうその時期なのかもしれません。南波さんの思うところを口にしてみてください」
「たぶん、アメリカの大統領も人間ではない。そして事務局の上層部も。私の予想だと地球外から来た存在だと思います」
「宇宙人!? 宇宙人なの!?」
「宇宙人が地球に来ていたってことか!?」
私と春日井君の声が大きくなってしまった。
しかし、この推測も間違っていたようだ。もりもりさんの説明が続く。
「この地球と宇宙のことについて少し話しましょうか。みなさんは遠く離れた星に知的生命体がいると思っているかもしれませんが、実はこの宇宙には地球にしか存在しません。仮にいたとしても地球に到達することは不可能です。なぜなら光の速度はあまりにも遅く、それは宇宙の構造的欠陥でもあります」
「待ってください。この広い宇宙で、地球だけが生命のいる星なんですか?」
湊ちゃんの驚いた問いかけに、もりもりさんは頷きで返した。
「地球は牢獄のようなものです。私たちは囚われているのです。とてつもなく広く、真っ暗な空間に」
「じゃあ、宇宙人でなければいったい? いったい何だというのですか!?」
湊ちゃんの声は少し興奮気味だった。
「この宇宙には、私たちしかいません。しかし、アメリカのアーノルド・ノア大統領、そして事務局の上層部。彼らは地球の外から来ました。異次元生命体と私たちは呼んでいます。そして、ダンジョンのモンスターも同様です。地球とは異なる別空間、別次元がそのルーツとなっています。直接やってきた者もいますし、地球で生み出された者もいます」
「プリミティブ・デバイスは宇宙からやってきたものと思っていました」
「地球の外からやってきたという意味では大差ないでしょう」
「異次元生命体の目的はいったい何なのでしょう? ダンジョンとどんな関係があるのでしょうか?」
「それは知らないほうがいい……と言いたいところですが、私たちは覚醒レベルを上げてしまいました。知っておかなければならないのでしょうね」
もりもりさんは間を空け、私たち3人を見回した。
「みなさんは〝シュレディンガーの猫〟については知っていますか?」
先を急かすかのように、湊ちゃんが早口でそれに答えた。
「思考実験ですね? 箱に入れた猫が50%の確率で死亡する時、観測するまでは生きている状態と死んでいる状態が重ね合わせで存在している。観測した時にその状態が確定する」
「今の地球はその状態に近いのです。この宇宙は仮想現実ではないかという説があります。仮想現実として私たちがプログラムによって生み出され、何者かに操作されている世界。そして、現実として確かに生きている世界。今は、この2つが同時に重ね合わせで存在しています」
湊ちゃんの顔が少し輝いた。
「私、わかったかもしれません。ダンジョンの存在理由です。私たちはどちらかを確定させようとしているのですね? この地球が仮想現実である世界と、現実である世界と」
「この世界がコンピューターによって生み出された世界である可能性があります。それはあくまでも可能性にすぎません。そうでない可能性も間違いなくあるわけです」
「仮想世界である可能性を排除するために……私たちはダンジョンに挑んでいるのですか?」
「あるいは仮想世界のほうが幸せなのかもしれません」
もりもりさんは少しさみしそうな顔をして言った。
「それが、ダンジョンに支配された世界……ということでしょうか?」
「厳密には、地球のダンジョン化――ですね。モンスターが地上に溢れることになります。それを望む人や存在も一定数いるということです」
「それが異次元生命体の目的ですか?」
「いえ、異次元生命体にも2つの派閥があります。例えば事務局やノア大統領です。もう一方が……」
もりもりさんの答えを湊ちゃんは待たなかった。
「〝A〟の側!」
「正確には対極となる側が生み出したのが〝A〟となります。〝A〟は悪意あるAI。悪の感情を持ったAIとなります。単なる道具に過ぎません。〝A〟はただのプログラムであり、いずれは向こう側にいる何者かと戦うことになるでしょう」
「異次元生命体と戦うということですか?」
「地球を仮想世界に確定させることが、彼らの目的ですから」
それはダンジョンのボスより強大な相手だ。
倒すどころか、相手にすらならないかもしれない。それこそ、この世界を創り出した神のような力でもなければ不可能だ。
私の頭にふと、マスター候補という単語がよぎった。
マスター。この地球の統治者のことだ。倒せるとしたら、マスターとなることが条件なのかもしれない。




