第344話 もりもりさんと遭遇
ブラック春菜モードはすぐに解除して、銀の鎧姿へと戻る。
装備のままタクシーに乗り、3人で中学校へと戻ってきた。
正門でタクシーを降りると、そこは殺人事件でも起こったかのように規制線が張られていた。黄色地に黒文字のテープは立ち入りを禁止する時に見るものだ。学校の敷地の周りには一定間隔で警察官が立っており、部外者が入れないようにしていた。
これだけ厳重に規制していながら、報道陣はまったくいなかった。動画配信をする人も見られないことから、よほど厳しい情報統制がなされていると思われた。ただ、いつまでも人の行動を縛ることはできない。いずれは強引に撮影しようとする者も現れるだろう。
私たちはなんとか学校の敷地内に入れないものかと、フェンスづたいに歩いていく。ハンター姿の私たちは非常に目立っていた。随所に配置されている警察官の視線が私たちを追っていた。
春日井君が小さな声で言ってきた。
「ちょっとこれは入れそうにないぜ。関係者を装うか、あるいは強引に入ってしまうか」
湊ちゃんも同じように声を潜める。
「許可を取らずに入るのは問題が起こりそう。春菜のお兄さんに連絡を取ってみるのはどうかな?」
私は湊ちゃんに苦笑いで返す。お兄ちゃんに頼るのは最終手段だ。
「どうしても入れなかったらお兄ちゃんに連絡してみるけれど、たとえば、たまたま偶然にミランダさんと遭遇して中に入れないかな? ミランダさんなら調査に来そうだものね」
私にはなんとなく会えるのではないかという、漠然とした予感があった。
「筑紫のその考えには大きな欠点がある。俺たちがミランダさんの顔を知らないことだ」
湊ちゃんは頷く。
「うん、そうだよね。ミランダさんとばったり出くわしたとしてもわからない。ハンターの装備を身につけているならともかく、私服姿なら絶対に無理だよね」
その時だった。聞き覚えのある凛とした美しい声が響き渡った。
「あら、あなたたち――」
私たちが振り向くと、そこにはもりもりさんが立っていた。もりもりさんは私服姿で、ラフなベージュのシャツにジーンズという地味な服装だった。
「そんな装備でここにいたら目立ってしょうがないですよ」
もりもりさんは優しく微笑みながら近づいてくる。
「どうして、もりもりさんがここに?」
私が訊ねると、もりもりさんは当然のように答える。
「どうしてって、ゲートの調査に呼ばれました。ちょうどよかった。あなたたちもいっしょに行きましょう」
噂をすればなんとやら。ミランダさんではなく、もりもりさんと出会うという偶然。私たちは一緒に入れることになった。
「そうだ、もりもりさん。装備のエンチャントはできましたか?」
もりもりさんは口角を上げ、笑みを返してくる。ジーンズの裾を持ち上げると、白銀のブーツがそこにあった。ブーツにはエンチャント特有の煌めきがある。今にも消え入りそうなほど透明な白と、やや虹色がかった白とが交互に縞模様を描いて流れていた。
「おかげで、すごく性能がアップしました。春菜さんに貸したダンジョンポイントが戻ってこなくても元が取れるくらいに」
軽く膝を曲げながら、もりもりさんはごきげんな様子でブーツを私たちに見せてくる。
少女のようにはしゃぐもりもりさん。エンチャントができた喜びのあまり、装備せずにはいられなかったのだ。大人の女性だと思っていたが、可愛らしい一面がある。私服だが、ブーツだけはハンターの装備をしていたのだ。
「エンチャントされたブーツは見た目も綺麗ですよね。私は気に入りました。春菜さんのおかげです」
「あ、そうだ。もりもりさんに、ポイントを返さなくちゃですね」
歩きながら、私はタブレットを操作した。金額として16億2千万ポイントを入力する。そして、もりもりさん宛に送金。確認画面でお互いにOKボタンを押したら取引が完了する。だが、もりもりさんはOKボタンを押そうとしなかった。
「春菜さん、金額が多いようです。私が貸したのは8億1千万でした。同じ額だけを返していただけたら……」
もりもりさんは受け取ることをためらっていた。
「ぜひ、受け取ってください。もりもりさんはこれが結婚資金だと言っていました。私たちはもりもりさんの大事な資金を預かったんです。もりもりさんには豪華な結婚式を挙げてもらいたいと、3人で話したんです。増やして返そうと3人で頑張りました」
春日井君と湊ちゃんも私を後押しする発言をしてくれた。
「もりもりさんのおかげで、俺たちの装備が揃いました。みんなで決めたんですよ。倍にして返そうって。もりもりさんの結婚式を豪華なものにしたいって」
「そうなんです。私たちは春菜と同じ考えで、もりもりさんには最高の結婚式を挙げて欲しいと思っています。少しでも貢献できて嬉しいんです。これは私たちの気持ちでもあります」
もりもりさんの目元が緩み、瞳が潤んでいた。
「春菜さん……。春日井さん、南波さん……」
もりもりさんは涙がこぼれそうになるのを堪え、受け取りの手続きをするためにデバイスを手に取った。そのまま優しくそっとOKボタンを押した。
私は満面の笑顔で、これ以上ないほどの最高のテンションで高らかに声を響かせた。
「もりもりさんにはお兄ちゃんより素敵な男性を見つけてもらおうと思っているんです! そのための餞別だと思ってください!!」
もりもりさんの指が止まる。だが、しかし、すでにボタンは押されたあとだった。私の残高が減り、出金が確定していた。タブレットには取引完了のメッセージが表示されている。
「え……」
もりもりさんは唖然とした顔で口を開けていた。
「受け取ってくださって、ありがとうございます!」
私が90度腰を曲げてお辞儀をすると、春日井君と湊ちゃんもそれに倣った。
「俺からも、ありがとうございます! 俺も筑紫と同じ考えです。素敵な男性と結婚してください!」
「私もです。きっと春菜のお兄さんと同じくらい、いい人なんだと思います! お幸せに!」
3人で深く腰を曲げている。そっと顔を上げると、もりもりさんは挙動がおかしくなり、すでに消えてしまったキャンセルボタンを連打していた。
「え……、ちょ……。返していいですか……?」
いくら連打しても、一度OKボタンを押してしまったら覆らない。
キャンセルボタンが消えていることを理解したもりもりさんは、今度はなぜだか16億2千万を全額こちらへ送ろうとしてきて、私のタブレットに送金の通知がくる。表示された確認画面で私は無言でキャンセルボタンを押した。
ふたたびこちらに送金の通知がきて確認画面が表示されたので、同じようにキャンセルをする。
それでもなお、もりもりさんはデバイスを操作していた。
私は送金の受け付けをブロックした。
送金がブロックされたもりもりさんは泣きそうな顔をしていた。
春日井君と湊ちゃんは、不思議そうに顔を見合わせていた。




