第340話 戻ってきた久我ハンター
店に並べていた全ての商品を売り切った。
最終的にはバーゲンセール的に在庫を処分し、自分たちが使う装備ともりもりさんに返却する16億DPを残して閉店した。
「なあ、俺の見間違いだったらいいんだけれど……」
ブルーシートを片付けながら、春日井君が切り出した。
「久我ハンターが支払った金額だけれど、300万だったように見えたんだよな。ちらっとしか画面が見えなかったけど」
春日井君が話しているのは、灰にしてしまった魔法剣の代金のことだ。
「私もゼロを押す指の回数を数えちゃってて。ゼロが1個足りなかったけど、私の気のせいかと……」
湊ちゃんはデバイスを操作する指の動きを見ていたようだ。
湊ちゃんも久我ハンターの支払いをおかしいと感じていた。
「つまり、3,000万払うところを300万しか払わなかったってこと?」
私は久我ハンターが正しく支払ったものと信じて疑わなかった。春日井君も湊ちゃんも確信があるわけではないようだったが、二人の意見を合わせると、久我ハンターの支払額は300万だと判断できた。
それというのも、春日井君と湊ちゃんは店番をしており、絶対に金額を間違えないように確認する癖がついていた。だから、久我ハンターの支払いの異変に気づけた。
私は腕組みをしながら顎に手をやって考える。
「久我ハンターは売るかどうかの決断を急がせたり、派手な演出で剣を燃やしたりして、そっちに意識を奪わせたんだね。まさか、まさかの、支払い額が1桁少ないなんて。こんなの誰も気づきはしない。見事なまでの詐欺の手口だね……」
取引の際はデバイスに確認画面が表示され、そこに金額が書かれている。送金側と受け取り側の双方で金額を確認することになる。両者がOKボタンを押して決済が完了する。あのハンターは疑いもせず、OKボタンを押したのだ。
さきほどまでは、周りにはたくさんの客がいた。多くの観衆がいたにもかかわらず、誰も疑う者はいなかった。
「私はまったく疑いもしなかった」
「俺も画面がちらっと見えたけれど、まさかと思って。今まで口に出せなかった」
「私も。ゼロの数が少ないのは、自分の数え間違いだって思っちゃった」
私たちが久我ハンターの手口に感心していると、こちらに走ってくるハンターがいた。噂をしていた久我ハンター本人だった。
「はあ……はあ……」
私たちの前までやってくると、膝に手をつき、呼吸を整えている。重そうな鎧を身に纏ったまま全力で走ってきたようだ。顔を上げて私に問いかける。
「さっきの男はもういないよな……」
聞かずとも、一目瞭然だ。この場には私たち3人しかいない。商品もなければ、客もいない。
「もういませんね」
「取引履歴を見たら、300万しか払ってなかったぜ。2,700万も少なく渡しちまった」
「え!? てっきり久我ハンターが相手を騙したのかと!?」
「いや、詐欺じゃねえ。本当に間違えた」
バツの悪そうな顔をしている久我ハンターからは悪意は感じられない。単なる金額の打ち間違いだった。
「久我ハンターが詐欺をしたわけではなかったのですね。私たち3人は見事な手口だと感心していました」
「悪りぃことしちまったな。3,000万で売れたと喜んでいたところ、実際の受け取りは300万だってんだからな」
久我ハンターはヘルメット越しに、頭をごりごりと掻いていた。
「まあ、そのうち気がつくでしょう。2,700万も少ないのですから」
「ああ、だといいが」
私たちは久我ハンターと一緒に苦笑いを浮かべてしまった。
「ところで、久我ハンターもゲートの出現に備えて装備を?」
「もちろんそうだ。俺だけでなく、上位ランカーはそれ以前から動き始めている」
「それはゲートの出現を予期していたからですか?」
「さすがにそれはないが、ハンター同士の格差社会が生まれるだろうということだ。より高ランクのハンターが優遇される社会だ。今までは危険はダンジョン内に留まってきた。一般市民の誰もが危険に晒されるようになった時、その時こそ俺たちハンターの価値は一気に膨れ上がる。今がその時かもしれないぜ」
久我ハンターはにやりと笑った。無骨な顔に口ひげが濃い。優しげな表情の奥には芯の強さを隠しているように思える。年齢は30歳くらいだろう。中年太りが始まりそうな年齢だが、胴回りはぎりぎり若さと中年のボーダーラインにある。
「私はまだ中学生ですが、これからはハンター同士、協力していかなければなりませんね」
「協力? お嬢ちゃんは甘いねえ。大人になるとみんな仲良くなんてならねえんだよ。それが大人の悪いとこだ。すでにいくつかの派閥ができている。まだお互い水面下で動いているがよ」
このあとしばらく久我ハンターと話をした。
上位ランカーたちの間ではグループが生まれつつあったが、まだそれは明確な形になっていない。
久我ハンターの話だと、それは単なるグループではなく、組織化されていくのではないかとのことだった。そこではルールが明確化され、リーダーが選定される。
それぞれのグループが目的と意思を持って活動する。
それは会社のようなものなのだろうか?
まだ中学生の私たちにとっては、難しい話でもあった。




