第339話 灰になる魔法剣
私からエンチャント装備を買ったハンターはワールドランク7位。屈強な肉体で、装備も豪華なハンターだった。有名なハンターで、名前は久我劉邦。久我ハンターは鋭い目つきで小太りのハンターを睨みつけていた。
私のことを詐欺呼ばわりするのであれば、久我ハンターが騙されたことになる。男は発言をころっとひっくり返した。
「な……なあんてな。俺様がイジメのようなことをするわけねえだろ?」
急に態度を変えて、今度は私にすり寄ってくる。
「お前、美沙チー様の時に肘を押してエンチャントさせてたよな? つまり、俺様のこの剣もエンチャントできるんじゃねえのか? できるんだよな?」
「いや、できませんけれど?」
「ほら、頼む。今からエンチャント・オーブを使うからよ。押してくれ、頼むから。ほら。押してくれ……」
男はいつのまにか右手に剣、左手にオーブを持っていた。だが、その距離は離れている。失敗すれば燃えてしまうのだから当然だろう。
「ええと……成功確率は低いんですよ? 灰になってしまったらどうするのですか?」
「そうは言っても、このままだと売れ残って赤字なんだよ。これしか手段が残ってねえんだ。お前はエンチャントを成功させる能力を持っているんだろ? そうなんだろ?」
「そんな能力があるわけないじゃないですか。あったら全部の装備をエンチャントしますよ」
この男の剣にエンチャント・オーブを使ったらどうなるのだろうか? ダンジョン・シミュレーターで調べた覚えもあるが、結果は忘れてしまった。
私は忘れやすいうえ、商品の仕入れで忙しかった。どうだったろ? でもたぶん、失敗するのだろうな。成功確率は10%しかないのだから。
「やめたほうがいいですよ。なんとなく、燃えてしまうような気がするんですよね……」
「しかし……。俺にはもうこれしか……。これしか残ってねえんだよ……」
男がオーブを持つ手はぶるぶると震えている。失敗する可能性のほうが高いのだ。エンチャントは気安くできるようなことではない。
「本当にやめたほうがいいですよ。その剣って、美沙さんからいくらで買ったんでしたっけ?」
「3,000万DPだ。今は相場が下がって、2,000万を切ろうとしている。目論見がはずれちまった。美沙チー様はさっさと店を閉めてしまって、俺様だけ残されてよ」
「それは悲惨ですね。相場はこれからまだ下がると思います。いずれは元の1,000万くらいになるでしょう」
「そうなったら2,000万の赤字だ。だったら、エンチャント・オーブで一発逆転を狙うしかねえだろ? そうだよな? わかるだろ? ガキンチョでも?」
「私のことをガキンチョなんて言ってたら失敗しますよ。日頃の行いが良くない人が成功するはずありません」
「なら、俺様は絶対に成功するに違いねえ。違いねえんだ……。俺様ほど善良なハンターはいねえ。なら、俺様は成功する、絶対に成功する……」
男は睨みつけるように剣とオーブを見つめていた。周囲のハンターたちは野次馬も同然だった。「やれー」「さっさと使わんかいー」「へたれめー」などと無責任に発言している。
「なあ、ガキンチョ。お前のことをガキンチョって言って悪かった。謝る。だから、押してくれ。美沙チー様の時のように奇跡を見せてくれ、ガキンチョ」
男は必死に懇願してくる。
だが、私が押してしまったら絶対に恨まれることになる。私は手を後ろに回して、その意志がないことを示した。
その時、久我ハンターが横から口を挟んできた。
「やめておけ。仮に成功してインフェルノ・ブレードができたとしても、今の相場だとトントンだ。エンチャント・オーブなんて使うものじゃない」
それから久我ハンターは私の耳元でこっそりと囁いた。その言葉に私は反応してしまった。「この面倒事は俺が引き受ける」と言われたからだ。
久我ハンターは男に提案した。
「俺がその剣を3,000万で買ってやる。それでどうだ?」
小太りのハンターは目の色を変えて久我ハンターを見た。
「ほ、本当か!? 本当に買うのか?」
「どうすんだ? 売るのか? 売らないのか? すぐに決めろ」
「もちろん! 売るぜ!」
男の言葉と同時だった。久我ハンターは手をパンと打ち鳴らすように合わせた。その手の中にはファイアーマジック・ソードとエンチャント・オーブが挟まれており、一瞬で灰となって燃え尽きた。
「おお、おお。見事に失敗したぜ。よかったな、挑戦しなくてよ。ほら、約束の3,000万DPだ」
男だけでなく、周りで見ていた観衆も唖然としていた。久我ハンターは剣を一瞬で灰にしたのだ。3,000万DPが一瞬で灰になったことになる。
そのまま久我ハンターは「がははは」と豪快に笑いながら、私たちに背を向け、右手を上げて去っていった。




