第335話 出店準備
「よし、筑紫。さっきの店に戻ってファイアーマジック・ソードを買っちゃおうぜ。インフェルノ・ブレードに変えて転売だ!」
ノリノリの春日井君に対して、私は努めて冷静に返す。
「ああ、あれ? 燃えるよ。あの剣は失敗する」
「まじか! 危ねぇ!」
「エンチャントが成功するアイテムは10個に1個。それを探さないと」
「春菜。その前にやることがあるよ」
湊ちゃんは声を潜め、私のすぐそばに寄り添ってくる。その顔は、これから楽しいことが始まりそうな期待に満ちていた。
「なに?」
「まず、資金調達。エンチャント・オーブの買い占め。それからエンチャントができる武器や防具を探して買い付け――」
私は湊ちゃんの顔をまじまじと見つめる。
「なんだか湊の目が輝いている」
「不思議と血が騒いじゃう。春菜の能力なら、買い付けた時点でアイテムの価値が3倍、4倍に膨れ上がるからね。すべてが売れるわけではないから、在庫リスクも考えよう。
一番よくないのが資金がショートしてしまうこと。仕入れるためのダンジョンポイントがなければ動きが取れなくなる」
「こんな南波は初めて見たぜ。商人モードが覚醒したか?」
「まだこれからだよ。いい? 春菜? 春日井君? 資金はあればあるだけ欲しい。ダンジョンポイントをかき集めるんだよ」
湊ちゃんが私と春日井君を手招きする。
私たち3人は顔を寄せ合って声のトーンを落とした。他人に聞かれてはならない、商品仕入れの会議だ。
「でも、湊。そのためにアイテムを仕入れて売るんじゃないの? 手持ちの3,400万で買えるものを買おう」
「そんなことをしていたら時間がかかるし、その間に相場が上がってしまうよ。資金を調達するの。いい?」
「調達?」
「投資してもらったり、借り入れたりする。あとで増やして返せばいいんだから。人によっては見返りなしに貸してくれる人もいるはずだよ」
「うーん。まあ、私の人望なら……借りられるの……かも?」
「筑紫の兄さんの人望もあるしな」
にやりと笑う春日井君に、私は肘鉄をくらわせる。春日井君は顔を歪めた。
「お兄ちゃんの名前は出さない」
「春菜の配信での人気もあるけれど、人が多くなると返済が大変になる。今回は大口の投資に絞ろう」
「あ、じゃあ、もちろん瑞稀社長だよね? なにせ、200億DPをぽんと出してくれたんだから」
私はさっそく瑞稀社長にメッセージを送る。すると、すぐに返事が戻ってきた。
【あれは手持ちのダンジョンポイントを全部出したのよ。こちらはまったくポイントが残っていないわ。日本円からダンジョンポイントへの換金も今は停止中みたい。協力できないけれど、がんばってね】
私はタブレットの画面を向け、2人にもメッセージを見せた。
「ぐぬぅ。瑞稀社長はポイントを持っていないそう」
「今はアイテム相場の高騰が落ち着くまで待つしかないかもな。おそらく現状だと個人間取引しか無理だと思う」
「ダンジョンポイントをお金で直接買う? うーん、それもな……」
私は腕組みをしながら考え込む。
「あとはアメリカ大統領? 大和君? どっちも連絡先を知らないし……」
「ねえ、春菜って誰かの装備のエンチャントが成功するかどうかってわかるの?」
「うん? まあ、わかると思うよ」
「なら……」
湊ちゃんが口にせずとも、その名前はわかっていた。謎の人物もりもりさんだ。お兄ちゃんに匹敵するほどの実力があり、お兄ちゃんに負けず劣らず、とんでもない装備を持つ。
だが、本名も実力も不明。レベルなんてまったく知らない。
「つまり、湊が言いたいのは、もりもりさんの装備に対してエンチャントを成功させる。そして、その見返りとして資金を引き出す……と?」
「うん。どうかな? 春日井君はどう思う?」
「いけるんじゃないか? 俺も、もりもりさんなら信用できる」
もりもりさんの名前を出したのには理由がある。それは湊ちゃんも春日井君もわかっているはずだ。同じく覚醒レベルが上がった者同士だからだ。この世界で覚醒レベルが上がっているのは私たちだけだ。
エンチャント・オーブのからくりを話してもいい相手は、唯一もりもりさんだった。




