第332話 フリーマーケットの美沙さん
「なんでこんなところにガキンチョがいるんだ? しかも男が女を2人もはべらせて、いい身分じゃねえかよ」
男たちの露店はなぜか人気があったようで、人が多かった。私たちは注目を浴びてしまい、客のハンターたちが周囲を取り巻いていた。
なんとか男たちに顔を見られないように隠しながら、その場を立ち去ろうとしたのだが、女性ハンターに声を掛けられた。
「よお、筑紫春……」
私はそのハンターに飛びかかって、素早く口をふさいだ。
「もごもご」
私の手の下でもごもご言っているのは西條美沙さんだ。日本ランキング2位の実力者。全身を包む真っ白な鎧の名称は〝白薔薇の鎧〟。薔薇の花びらや葉をイメージした装飾が施されており、1億8千万DPの高価な鎧だ。
「美沙さん。私だってバレたら大変なことになるので。名前を呼ばないでください。お願いだから……」
美沙さんは口から私の手を引き剥がし、にやにやしながら謝ってきた。
「いやあ、ごめんごめん。久しぶりだからよ。嬉しくなっちまって、つい。
悪かったな〝筑紫春菜〟。もううっかり〝筑紫春菜〟の名前を呼ばねえように、気をつけるわ。
いやあ、私もこんなとこに〝筑紫春菜〟がいるとは思わなかったからよぉ。テンションが上がってんだ。今日はどうした? お前もフリーマーケットの噂を聞いてやってきたのか?
どうだ? 〝筑紫春菜〟のお眼鏡にかなうアイテムは見つかったのか? ん? 〝筑紫春菜〟?」
美沙さんはわざと私の名前を強調している。美沙さんの口をふさごうとした時点で、私は自分の顔を晒してしまった。
周りのハンターたちも私たちのことに気がついてしまい、こそこそと噂を始めた。
「おい、ハルナっちじゃん」「本当だ」「横にいるのは彼氏?」「どうだろ?」
小太りのハンターに目をやると、私たちとは目を合わせないように顔をそむけながら舌打ちしていた。
「ちっ。美沙チーの知り合いかよ」
この反応だと、もしかしたら以前に魔法剣を壊してしまった相手だとは認識していないのかもしれない。
あの時の私たちは豪華な装備だった。今の制服姿からは想像もつかないだろうし、私の名前も覚えていないようだった。
美沙さんは小太りのハンターの横に立ち、肩を組んだ。
「お前さあ。人の顔とかあんまり覚えないタイプだろ?」
「え、ええ、まあ……。美沙チー様のようにお美しい方でしたら忘れませんが」
「ロリコンかと思ったけど、違うのか」
「俺はガキが嫌いなんでぇー。むしろ、年増の女性が好みですわ。だから、美沙チー様なんてまさに……」
「まさに……? 何が言いてえんだ?」
美沙さんが小太りのハンターを下から覗き込むように見上げた。鋭い目で睨んでいる。
「あ、いや。若くて綺麗系が好みなんですわ。ちんちくりんは嫌いでして」
「そうか、そうか。ファイアーマジック・ソードだけどよ。もう1本あんだ。これも買うか? 4,000万DPでいいぞ」
「1,000万DP値上がりしているじゃねえですかい!?」
「いいじゃねえかよ。買った値段より高く売りゃあ儲かるんだ。ほら、買え」
「もう金、ねえですよー。この剣が売れねえと無理ですわー」
2人の会話から察するに、小太りの男が売っている剣はドロップアイテムではなく、美沙さんから買ったもののようだ。男は3,000万DPで購入し、3,500万DPで売ろうとしていた。
美沙さんは小太りのハンターだけでなく、取り巻きのハンター2人も近くに引き寄せ、肩を組みだした。
「よお、みんなー。ファイアーマジック・ソードを誰か買ってくれよー。3,500万DP。3,500万DPだぞー。誰か持っているやつはいねえのかーー?」
それだけの金額を持っている人はいないようだった。それに、今の相場だとこの値段は高そうに思えた。
「ほら、そこの〝筑紫春菜〟。お前、どうだ? 買わねえか? このファイアーマジック・ソードを見てみろ。
まるで燃えるようなデザインの刀身に、剣の柄は握りやすく滑り止めが施されている。
お前の小さい手でも握れるんじゃねえか? ほら、持ってみろよ。こんな武器使ったことねえだろ?」
美沙さんはそう言って、小太りの男から剣を取り上げて私に渡してきた。
「お、俺の剣……」
私はファイアーマジック・ソードを手に取り、頭上に掲げてみる。確かに軽くて扱いやすそうだ。
「ちょっと振ってみていいですか?」
私が剣を振り下ろそうとすると、周りの人たちが慌てて離れた。
「危ねえ、ハルナっちが魔法をぶっ放すぞ」「逃げろ!」「ファイアーボールが飛び散るぞ!」「いや、剣を投げるに違いない!」「そうだ! ハルナっちといったら剣を投げることで有名だった!」「剣が飛んでくるぞ! 離れろ!」
「そんなことしませんって……」
軽くぶんぶんと振ってみると、いい感じに風を切る。
「春日井君も持ってみる?」
剣を手渡すと、春日井君は両手で剣道の竹刀のように持った。
「意外としっくりくるな。悪くないかも」
春日井君は湊ちゃんへと剣を渡す。湊ちゃんは片手で軽そうに持って、鋭く尖った刀身をしげしげと眺めていた。
「私でも使えそう。思ったより軽いんだね」
湊ちゃんは春日井君の真似をして、剣を中段に構えた。春日井君とは違って、剣道の経験がない湊ちゃんは素人っぽい構えで可愛かった。
「じゃあ、買う? この剣」
「買わない」
湊ちゃんは即答する。
「だって、お金なくなっちゃうよ。予算オーバー」
「だよねー。湊のダンジョンポイントを合わせても3,700万DPだからね」
私はファイアーマジック・ソードを男へと返した。
「こんなガキが買えるわけねえんだ。口だけだろ……」
小太りのハンターは剣を大事そうに受け取り、鞘に収めていた。
美沙さんはそのすぐ横で、もう1本のファイアーマジック・ソードを手に取って掲げていた。
「残念だな。筑紫春菜が買ってくれりゃあ、こいつに4,000万DPで売りつけることができたんだがよ」
「美沙チー様あ。無理ですー。4,000万DPはさすがにきついっす」
「しかたねえ、この剣はアイテム合成にでも回すか」
「アイテム合成?」
美沙さんに聞き返したのは湊ちゃんだった。




