第323話 緊急ゲート速報
授業は上の空だった。霧野さんたちのグループは湊ちゃんを呼び出すと言っていた。口先ばかりで実行に移さないかもしれないが、もしかしたら本当に呼び出すかもしれない。私はもやもやした気持ちで授業を受けていた。
窓の外は曇っていた。朝のうちは晴れていて清々しい天気だったのが、一転して黒雲が空を覆っていた。今受けている授業が数学だということもあって、まるで世界が灰色に染まってしまったかのようだ。
隣の席の春日井君は教科書を壁にして居眠りをしている。数学の先生は高峰先生だ。
高峰先生は数学教師にしてダンジョンハンター。レベルは71でジャパンランキングは48位。かなりの実力者だが、いつの間にか私は先生よりも5つも上のレベルになっていた。しかし、先生よりもレベルが高くなった実感はなかった。数学は相変わらず高い壁として私の前に立ちふさがり、いくらレベルを上げようが乗り越えることも崩すこともできそうになかった。
視界の端で教科書が斜めになるのが見えた。
ぱたんと音を立てて、春日井君を隠していた教科書が倒れた。
高峰先生はそれを見逃さなかった。黒板から後ろを振り向きながら、手首にスナップを効かせて黄色いチョークを飛ばした。チョークはまっすぐに春日井君へと飛んでいく。
春日井君の頭に直撃するはずだったチョークは、2本の指で受け止められた。春日井君は寝ながら頭の上でチョークを指で挟んでいた。
「む」
高峰先生は小さな声を出し、それから私と目が合った。顎でくいっと春日井君を示し、すぐに黒板に向き直って何事もなかったかのように授業を続けた。
春日井君を起こせという意味かと思ったが、そうではなかった。春日井君が指で挟んだチョークを抜き取る。チョークの側面には文字が刻まれていた。これは高峰先生の魔法によるものだ。
文字は焼き付けられるように彫られていて、こう書かれていた。
『ダンジョンの外でも油断をするな』
これはアビスゲートのことだろう。今後は世界中でゲートが出現することになる。もちろんゲートに入らなければ危険はないのだが、もしもゲート出現場所の近くにいた場合、周囲の空間ごとゲートに取り込まれてしまう。ハンターではない一般人が取り込まれる可能性もあった。
近くにゲートが出現した場合、私たちダンジョンハンターは救出に向かわなければならない。これはWDAが配布した資料にも書かれていた。日本ではまだ法律の整備が追いついていないが、ハンターには義務化されるだろう。
ゲートの難易度は警戒レベル1から始まり8段階だ。例えば地下20階より上が出現したのであれば警戒レベル1とされる。
警戒レベル1であっても侮れない。モンスターが市街に放たれてしまえば多くの被害が予想される。
ゲート出現前には世界に点在するダンジョンのどこかで異変が起こる。虹色に光る区画が出現したら、それがアビスゲート出現の前触れだった。
世界中の国は連携し、ゲート出現前には緊急ゲート速報が発令されることになっている。スマホやダンジョンデバイスが振動して知らせてくれる。
ゲートの出現により、ダンジョンハンターの希望者が増えている。これまでは誰でもダンジョンハンターになることができる状態だったが、今後は審査制になるかもしれなかった。理由はダンジョンデバイスや装備の不足にあった。
だから私たちは急いで湊ちゃんのデバイスを買って、今週末には装備を揃えることになっている。アイテム相場も急騰しているとのことだった。
教室で一斉にバイブレーションの音が響いた。
ブーッ、ブーッ、ブーッと生徒たちのスマホが振動する。
【――緊急ゲート速報:警戒レベル1――】
世界のどこかのダンジョンにおいて、虹色の区画が観測されたのだ。
この時まだ私たちはのんきな気分でいた。緊急ゲート速報が出たからといって、出現場所は地球全体が対象になっている。危険がすぐに及ぶわけではなかった。
私にとってはゲートの出現よりも、霧野さんが湊ちゃんを呼び出すことのほうが重要な問題だった。
【ゲート出現時、近くにいるレベル10以上のダンジョンハンターは対応にあたって下さい。ゲートに入り、速やかにクエストを完了させて下さい】
私はスマホの画面を消して机にしまった。ダンジョンハンターであれば、それほど難しいゲートではない。クラスのみんなもわかっているようで、少しざわめきが起こったくらいだ。高峰先生も何も言うことはなく、そのまま授業は続いた。




