第318話 会議での採決
「却下する」
議長は冷たく言い切ったが、女性は勝手にしゃべり始めた。
「ダンジョンブレイク発生まではモンスターが外に出ないということではなかったのか? いったい何が起こっている? 人類領域侵攻計画に関する開示を求める。それと――」
音声が突然途切れた。静まり返っていた会議場がざわつく。ダンジョンブレイクや人類領域侵攻計画については、一部の者しか知らないことだからだ。
「音声を切らせてもらった。勝手な発言は控えてもらおう」
女性のタブレットから「SOUND ONLY」の表示が消え、「OBSERVER(傍聴人)」の表記に変えられた。
「今回の議題はアビスゲートに関することだけだ。議題は2つ。1つはアビスゲート出現時の対応について。もう1つはアビスゲートのランク認定だ」
議長は一方的に説明を続けた。
議長の話を要約すると、アビスゲートは出現した国が責任を持ってクエストを完了させるとのことだった。
他国に協力を要請するのは例外だ。今回のイタリアのように自国で対処できない場合だ。イタリアのゲートは地下172階がゲート内に出現した。中国は地下1階、ブラジルでは地下5階だった。イタリアだけが突出して深い階層だった。
そして、階層の深さに応じてゲートのランク認定を行うということだった。
「ゲート発生時には迅速に封鎖を行い、一般人の立ち入りを禁ずる。各国は速やかにハンターを派遣し、クエストを完了させることとする。そして、アビスゲートの難易度認定についてだが……」
問題は外からではゲートの難易度がわからないことだ。中に入ってみればわかるのだが、一度中に入ってしまうと外に出ることはできない。
「ゲートの出現前にはダンジョンに異変が起こる。虹色の壁が現れ、その場所への立ち入りができなくなる。どの階層で異変が起こるかを常に監視し、ゲートの難易度を特定する」
私たちの近くにあるタブレットの画面にメッセージが表示された。「OBSERVER」表記になったタブレットだった。
【監視できないほど深い階層で虹色の壁が現れたら? 誰も目撃者がいなかったら?】
声を出すことができないため、画面にテキストメッセージを表示したようだ。議長はそのメッセージを把握したのか、もしくは無視したのかはわからないが、そのまま話を続けた。
「ゲートの難易度がわからない場合、ゲートに直接アプローチすることになる。ドローンの投入などでゲートを調査する。難易度が判明するまでは、いずれのハンターも突入させない方針だ」
【そんな悠長なことを言ってられるのか? 手遅れになったらどうする? モンスターが外に出たら甚大な被害が生じるぞ】
「今回のゲート発生については、我々も分かっていないことが多い。だが、ゲート発生のメカニズムを解明している暇はない。起こったことに対処していく必要がある。できることは、ゲート発生をなるべく早く感知し、クエストを完了することだ」
【ゲートが人里離れた場所に発生したら? 今回の中国のように】
メッセージの通り、一番問題となるのはゲートの発見が遅れることだろう。南極やヒマラヤ山脈でゲートが発生する可能性もあった。
「ゲート発生時の対策とメディアへの箝口令について、各国政府の協力体制、各国への軍隊派遣要請などについてPDFにまとめてある。参照いただきたい」
デバイスがファイルを受信した。転送されたPDFは300ページにも及んだ。ページをめくっていくが、すぐに読み切れる分量ではない。かなりの量だった。ゲートは人類史上、初めて発生した。それなのに、こんなものを短時間で作成したのだろうか?
「私からは以上だ。意見がある者がいたら発言を許可する」
タブレットの表記が「SOUND ONLY」に戻るとすぐに、女性は強い口調でまくしたてた。
「プリミティブデバイスの情報開示を求める。知っていることを共有してくれ。ダンジョンブレイクはいつ起こる? 人類領域侵攻計画とは何なんだ?」
議長はすぐに言葉を返さず、少しの間があった。ふたたび会議場にざわめきが起こった。
「ダンジョンブレイクや人類領域侵攻計画については知らない者がほとんどなのだ。言葉を選んで欲しい」
「そんなことを言っていられるのか? アビスゲートが出現した今、人類の危機が迫っているんじゃないのか?」
「人類の危機はとっくに迫っているのだ。25年前、ダンジョンが出現したときから」
「ふざけるな。御託はいらない。とにかくわかっていることを共有して欲しい。繰り返し求める。プリミティブデバイスの情報開示を――」
議長はまたも黙り込んだ。今度は先ほどよりも少し長く間をあけてから話し始めた。
「いずれ公開することになる。今言えることだけを伝えよう。人類領域侵攻計画とは、地球のダンジョン化だよ。何者かが地球をモンスターのあふれる星にし、地球全体をダンジョンに変えようとしている。ダンジョンブレイクが起これば地球は終わりだ。ダンジョン内のすべてのモンスターが地上に出現する。そして1人のマスターが地球を統治することになる。地球はモンスターのみが住む星となり、人間の居場所はなくなる」
ざわつくかと思われた会議場は、完全に静まり返っていた。
「プリミティブデバイスにはゲートについても記述がある。そのため、みなに配ったPDFを短時間で準備することができた。ゲート出現には兆候がある。出現場所は世界中に及び、その場所はわからない。だが、ゲートの出現場所に制限をかけることができる。場所を限定できるのだ。それができれば世界の被害は最小限に抑えられる。そのあいだにダンジョン攻略を進めることができる」
「出現場所の制限? ならさっさとやったらどうだ? その方法もプリミティブデバイスに書いてあるんだろう?」
「自由にできるわけではない。場所は決められてしまっている。アジアの島国、日本。アビスゲートの出現を集中させることができるのは日本のみだ」
「そりゃ、都合がいい。日本は海に囲まれているからな。万が一モンスターが外に出たとしても、被害を1国に限定することができるってことか。なら、すぐにやってくれ」
「そうはいかない。ここに出席した者で決を採る必要がある」
「さっさと決を採ろう。私は賛成だ」
「採決の前に、これは人道に反する行為でもある。ただでさえ、日本はダンジョンの実験場とされたのだ。日本政府にはダンジョンを公開するよう要求し、我々は危険を日本人に押し付けた」
「はん。日本人どもは喜んでダンジョンに入っていったじゃねえか。何がいまさら人道だ。世界の命運がかかっているんだ。全体のためには一部の犠牲は必要だろう」
「日本だけに負担を押し付けることになる。ゲートの出現場所について制限をかけることはこの会議の議題ではない。次回に持ち越す」
「そんな悠長なことは言ってられないはずだ。みんなはどうだ? 賛成の者は? 参加者は手を上げてくれ。リモートでの参加者はメッセージで知らせてくれ」
「勝手に決を採るでない。会議は終わりだ。終了とする――」
議長の言葉が終わる前に、会議場にある100台ほどのタブレットが次々と表示を変えた。「SOUND ONLY」の下に「APPROVAL(承認)」のメッセージがずらっと並んだ。直接参加している者たちも、私たちを除いて全員が手を上げていた。
「議長、見ているか? それとも、もう切断したか? まあいい。結果は出た」
タブレットの画面が次々と真っ黒に変わっていく。リモートの参加者が回線を切断していった。やがて、すべてのタブレットが黒く変わった。
各国の参加者たちは日本に負担を押し付けようとしていた。今後は日本だけにアビスゲートが出現するのだろうか? それはいつ始まるのだろうか?




