第317話 会議が始まる
春日井君は説明を終えると、私たちに頭を下げてきた。マフィアに捕まってしまったことを申し訳なく思っていたようだ。
「いやあ、すまなかったな。運転手がマフィアの指示に従えばすぐに解放されるって言うからさ。それなのに縛られることになって、お前たちまで巻き込んじまった」
「運転手もグルだったからね」
私が説明すると、春日井君は驚いていた。
「そうなのか!? あの運転手もグルだったのか!?」
春日井君は運転手のことを完全に信じ切っていたようだ。それは私たちも同じだ。それに春日井君だけが悪いわけではない。
私たちが身につけていたのは高価な装備だ。数百億円の装飾品を全身で見せびらかしているようなものだった。ダンジョン内ならともかく、地上では避けなければならなかった。
ほどなくして、警察やハンターたちが到着した。マフィアはすべて現行犯で逮捕され、協力した運転手たちも検挙された。
倉庫は証拠の保全と現場検証のためにたくさんの人であふれている。お兄ちゃんやエリ先生までこの場に駆けつけてきた。私たちの装備は倉庫で返却することになった。私と湊ちゃん、春日井君の3人は中学校の制服姿に戻ることになる。
エリ先生は「大変でしたね」とねぎらってくれた。一方で、お兄ちゃんは不機嫌そうな顔をしていた。私はそんなお兄ちゃんに、あの約束に関する話題を振った。
「ねえ、お兄ちゃん。私の見守り機能の解除と今回の事件は関係ないよね? ちゃんと約束通り解除してくれるでしょ?」
だが、お兄ちゃんはジト目で私のことを見てくる。こんなお兄ちゃんの目は初めて見た。
「すると思うか?」
お兄ちゃんは簡潔に言葉を返してきた。顔は怒っていないが、真顔なのが逆に怖い。仕方なく、私は伝家の宝刀を抜くことにした。
「私も立派な大人として、お兄ちゃんの結婚を祝福したいと思っている。ミランダさんと結婚するんでしょ? なので、私も独り立ちできるようになる必要があるからさ」
「俺の結婚とは関係ないだろ。兄としては妹に危険なハンターはやってほしくない」
私の伝家の宝刀はあっさりと折られてしまった。
私は顔を歪めながら、お兄ちゃんに聞き返す。
「お兄ちゃんは、私にダンジョンハンターをやめろって言うの?」
お兄ちゃんは小さく首を振った。
「春菜はやめろって言ってもやめないだろ? だからこその見守り機能だ。デビルズ・マスターを倒したのだって、よくよく聞いたら春菜が直接倒したわけじゃないそうじゃないか」
「えっと、それについてはいろいろあって……」
思わず私は口ごもってしまった。
「今回の件も、たまたま春菜が誘拐されなかったけれど、もし春菜が誘拐されていたらすぐに居場所がわかっただろ?」
「ぐう……」
私はぐうの音も出ない。――いや、「ぐう」としか言えなかった。
「と、いうわけで、見守り機能の解除は保留な」
「じゃ、じゃあ!」
私はお兄ちゃんに食って掛かる。
「神王装備は返さない! それを使って、同じくらい強い装備を手に入れるから!」
「もう遅い。すでに返してもらったからな」
お兄ちゃんは装備が格納されたデバイスを顔の横まで持ち上げ、私に見せつけるように振った。
「また貸して!」
「貸さない」
私がお兄ちゃんのデバイスに手を伸ばすと、さっと避けられてしまった。
「ぐう……」
お兄ちゃんは私に背を向け、倉庫から出ていった。仕方なく、私も後を追った。
◆ ◆ ◆
私たちは倉庫を離れ、WDAの用意した会議場へと戻った。
お兄ちゃんはなんだかんだ言って、甘かった。優しいお兄ちゃんなのだ。
タブレットを確認すると、ダンジョンポイントの使用制限が解除されていた。
今までは1ヶ月で5万ポイントしか使用できなかったが、これからはいくらでも使うことができる。
見守り機能は位置情報の送信だけが有効になっていた。それ以外の機能は解除されていた。
GPSとDPSで私の位置情報はお兄ちゃんに知られてしまうが、常に監視されるというわけではない。お兄ちゃんが位置情報を参照したときには、私に通知が送られるようになっていた。無断で私の位置を検索するようなことはできない。
これは、ほぼすべての見守り機能が解除されたと言ってもいい。口ではなんだかんだ言いながら、お兄ちゃんは優しいのだ。神王装備だって、きっとまた貸してくれるに違いない。いや、絶対に借りよう。上手に頼み込めば貸してくれるはずだ。
◆ ◆ ◆
会議が始まった。この会議は非公開で行われる。議事録も残されないし、参加者も限定されている。録音も録画も禁止されていた。
各国から代表者が来ているが、どこの国から来ているのかはわからない。わかるのは、日本やアメリカ、ロシアなどダンジョンがあることを公表している一部の国だけだった。
ほとんどがリモートで参加していた。広い会議場に、参加者は少なかった。私たちのメンバーでは湊ちゃんと春日井君がこの場にいる。さすがにラビちゃんは入れない。ミリアも控室で待っている。
ダンジョンハンターの参加者はお兄ちゃん。それと、アメリカからの代理人としてエリ先生がいる。それだけだ。他には各国から参加していると思われる政府関係者らしき人物が数人いた。会議場は閑散としていた。
その代わりに、円弧に配置されたテーブルの上にタブレット端末がたくさん置かれている。台数にして100台以上。画面には「SOUND ONLY」の文字。この端末の1台1台がリモートによる参加者だ。この中にはワールドランク1位のミランダさんも含まれる。
このタブレット端末は会議室の前方にある議長席にも置かれていた。議長もリモートによる参加だった。タブレットから音声が流れる。
「お集まりの諸君。お待たせしたが、今からWDA秘密会議を行う。ちょっとしたトラブルがあったようだが、問題なく解決した。このトラブルについては議題と関連がないため割愛させていただく」
トラブルとは春日井君とラビちゃんがマフィアに捕まったことだ。会議に関係がないため、説明は省かれた。
「御存知の通り、中国・ブラジル・イタリアの3か所でアビスゲートが発生した。ブラジルとイタリアはクエスト達成によりモンスターの排出を免れた。だが、中国ではゲートの発見が遅れ、モンスターが市街に放たれた。幸いにも低レベルモンスターであったため、中国軍により速やかに抹殺された」
多くがリモート参加のため、会議場は静まり返っていた。直接の参加者が少なく、タブレットばかりが並ぶ異様な光景だった。
「アビスゲートの出現は人類にとって存亡を脅かす危機である。アビスゲートへの対応が本会議の議題である。今後も同様にゲートが出現することが予測される。そして世界各国が混乱に陥る可能性がある。そのための対策会議である」
議長は顔も見せず、タブレット越しに話している。声の調子から若い男性のようだが、音声を加工している可能性もある。
「由々しき事態はモンスターが地上に出たということだ。我々はダンジョンの調査を進めてきたが、次のフェーズに進むことになる。人類は悠長に構えている場合ではない。高レベルのモンスターが世に放たれれば甚大な被害をもたらすことになるだろう」
議長の言葉に少し間があった。そこに別のタブレットから女性の声が差し込まれる。私たちが座る席の近くに置かれたタブレットからだった。
「議長、発言の許可を――」
初めて聞く国の言語は自動的に日本語の音声に翻訳され、私たちの耳に届いていた。どこの国の言葉であっても、翻訳された音声がイヤホンを通して流れてくることになっている。




