第316話 2度説明する春日井君
「湊。本当にあぶないところだった。このティラミスを口にしてしまったら、私だってマフィアの仲間にされてしまうかもしれない」
「馬鹿なこと言ってないで、春日井君に事情を聞くよ。いったい何があったのか……」
私の言葉は湊ちゃんにあしらわれるが、私はティラミスをスプーンに盛り、湊ちゃんの口元に運んだ。湊ちゃんは意識せず自動的に口を開き、私はそこにティラミスを差し込んだ。
「はむ……」
湊ちゃんが口をもぐもぐと動かす。頬に両手を当て、天にも昇りそうなほど恍惚とした表情を浮かべた。
「なにこれ……。美味しい……。ごめん、私が間違っていた。春菜、もうひとくち……」
ふたたびスプーンを湊ちゃんの前に持っていくと、今度は横からラビちゃんがパクリ。ティラミスを食べてしまった。湊ちゃんのふたくち目を横取りする形になった。
「ラビちゃん~~」
私の嘆きにもかかわらず、ラビちゃんはその場で小さくステップを踏みながら、ほっぺに手を当ててくるくる回りだした。ラビちゃんなりの「おいしい」の表現だった。
呆れた様子で見ていた春日井君が口を開く。
「とりあえず、事情を話していいか?」
「うん、ティラミスを食べながら聞くよ」
春日井君も食べたそうな顔をしていたが、同じスプーンを共有すると間接キスになってしまう。だから、私と湊ちゃん、ミリアとラビちゃんの4人でティラミスが回る。順番にひとくちずつ食べていく。
「ほら、港で車に乗ってからお前らとは別の道を行っただろ? 運転手がさびしげな路地に入り込んだんで、おかしいなと思っていたらよ、前後の道を別の車が塞いできたんだ……って聞いてるよな?」
「もぐ、うん」
「まあいい。それで、運転手がまっさきに人質に取られてしまったんだ。それからラビに着ぐるみを脱ぐように指示してきた。だけど、脱げないだろ? 着ぐるみじゃないんだから。そうしたらラビに刃物を向けてきたんだ。運転手が言う通りにしてくれっていうんだけど、脱ぎようがないから困ってしまって」
「もぐ、もぐん、それで?」
「お前らティラミスしか見てないけど、聞いているんだよな? で、俺はマフィアたちを倒そうと思ったんだけどよ。運転手が指示に従ってくださいと言ってきたんだ。指示通りにすればすぐに解放してもらえるからってさ。俺は早く解放されたほうがいいと思って、指示に従ったんだ。デバイスの位置情報を切らされて、装備も解除されて、鎖で縛られて、ラビと一緒にここで監禁されることになって……」
「全部、なくなったのです!」
ミリアが悲痛な声を上げた。ティラミスを4人で回しながら食べていたのだが、ミリアの手前でガラス容器は空になった。
「春菜、スプーンの盛り方多くなかった!?」
「そういう湊こそ! 遠慮なくいってたじゃない!」
「ミリアが一番少ないのです!」
ラビちゃんは腕を自分に向け、少なかったのは自分だとアピールする。
「2個目にいくのです!」
「箱は!? ティラミスが入っていた箱は!?」
「中身がないよ! 箱は空っぽ! 最初から1個しかなかったんだよ!」
私たちは全員そろってその場にがっくりと膝をついた。
「そんなに美味かったのか……」
春日井君は箱をくしゃくしゃと丸め、遠くへポーンと放り投げた。ゴミ箱へ見事にシュートが決まった。
春日井君はティラミスを食べていない。私たちの気持ちがわかるはずもなかった。ティラミスが入っていたガラス容器を手に取って、「贅沢な器だな」としげしげと眺めていた。
「なくなっちゃったね……」
湊ちゃんがさみしそうに言った。私は頷く。ミリアも頷く。ラビちゃんも頷く。
「うん。なんだかせつないね」
「せつないのです。ミリアはせつなさを知ったのです」
ラビちゃんもせつなそうな顔をしている。
なくなってしまったものは仕方ない。いくら嘆いても時は戻らない。私たちは前に進まなければならないのだ。
本来の目的があった。ティラミスよりも大事なことがある。
私と湊ちゃんが春日井君に尋ねた。言葉は同時だった。
「「それで、いったい何があったの? 事情を話してくれる?」」
「ええと。ほら、港で車に乗ってからお前らとは別の道を行っただろ? 運転手がさびしげな路地に入り込んだんで、おかしいなと思っていたらよ……。あれ? この話、しなかったっけ? なんだか、デジャブのような気がするのは気のせいか?」
「気のせいだよ。初めて聞く話だもの」
私と湊ちゃんは真剣に春日井君の言葉に耳を傾けた。




