第310話 潜入
ミリアの行動はタブさんが指示してくれている。
倉庫の裏手に回ると扉があった。ミリアはその扉には目もくれず、壁に設置されている配管に足をかけた。配管を足場にして、屋根に近いところまで壁を登っていく。
屋根のすぐ下には明かり取りの窓があった。
ミリアが窓枠を強く押すと、窓は内側に外れ、落下する窓を枠ごと受け止めた。
ガラスも割らず、音も最小限に抑えてミリアは侵入口を作った。
そこから入ると、天井付近には鉄骨が張り巡らされていた。ミリアはその鉄骨を渡っていく。
鉄骨の上から倉庫の全貌が見える。マフィアの人数は見えている範囲で12人。そこに春日井君とラビちゃんの姿はない。
倉庫の隅にはプレハブの部屋があって、その前に1人が立っている。
中央にはテーブルがあり、男たちがポーカーに興じながら雑談をしていた。
「ガキから装備を奪えばいいだけだから、ちょろい仕事だな」
「痛めつけなくてよかったんか?」
男は手札を場に出しながら、下卑た笑いを浮かべた。
「やたら素直だったからな。少しでも抵抗したら骨でも折ったけどよ」
「兎の着ぐるみだろ? 奴をかばっていたみたいだったな」
会話の断片からでも情報を収集していく。春日井君はラビちゃんをかばったのだ。
春日井君1人だったら、逃げることもできただろう。
「兎は殺してもよかったんじゃねえか?」
「ちげえよ。俺たちにとっちゃ、好都合なんだよ。相手はダンジョンハンターだ。装備の1つも手に入りゃあそれで御の字。ところがだ。人質になってくれりゃあ、残りの装備が向こうからやってくる」
「ったく。どうしてあんなガキどもがあれほど高価な装備を持ってやがるんだよ」
「だから、それも好都合なんだよ。ガキだからこそ、簡単に奪うことができる」
「今までよく無事でいられたな。あいつら」
「のほほんと生きてきたんだろ? 平和ボケした島国でよ」
ポーカーをしている男は6人。ほかはトレーニングをしていたり、スマホを操作していたり、何もすることなく、だらけた姿勢で座っていたりする。
会話の内容から判断するに、ボスらしき人物はいない。ボスであれば必ず敬意を払われるからだ。
「タブさん。相手がマフィアだと確定した。全員が銃を持っていると思う。こっちも魔法やスキルを使っても違法性はないよね? だって、正当な理由なのだから」
『もちろんだ。だが、相手を殺害してしまえば過剰防衛だとみなされる。それはどこの国でも同じだ。目的はマフィアの殲滅ではないことを忘れるなよ』
「わかってる。春日井君とラビちゃんの救出だよね」
『わかっていればいい』
2人の居場所はプレハブの部屋だろう。そうでなければ見張りを置く必要はない。
「ミリア、春日井君とラビちゃんを見つけてほしい。あの部屋だと思うのだけれど」
「お姉様。近づいて窓から覗かないと無理なのです」
「マフィアの連中に気がつかれないように近づくことは?」
「無理そうなのです」
これはもう、ミリアのスキルを使ってしまったほうが良さそうだ。全員を魅了してしまえばそれですむ。
ミリアはサキュバスだ。人間の男性であれば誰にでも魅了が有効だ。
「とりあえず、春日井君を発見するまでは慎重に行動しよう。あの部屋に捕らわれていることは確実だろうけれど、それまでは完全魅了は使わないということでいいかな? ミリア?」
「わかったのです。お姉様! 承知、なのです!」
ミリアは指をピシッと伸ばし、敬礼するように手を額に当てた。
鉄骨を掴んでいた手を離したものだから、ミリアは落下してしまう。
「あ」
頭を下にして、ミリアは落ちた。
ドガシャーン、と盛大な音を立ててポーカーをしていたテーブルの上に叩きつけられる。トランプが何枚も宙を舞った。
男たちが驚いて、一斉に立ち上がった。
「な、なんだ!?」
「襲撃か!?」
「人が落ちてきたぞ!」
ミリアは「痛た……、失敗しちゃったのです」と言いながら頭を押さえて起き上がる。起き上がるとテーブルの上にぺたんこ座りになっていた。
マフィアの視線が一斉に集まる。
「お……女……」
「しかも子ども」
「お、おい。こいつ。もしかして仲間じゃねえのか? あの男の」
ミリアはマフィアたちに囲まれる。まずい状況になった。
私は急いでミリアに指示を出す。
「ミリア、すぐに魅了を使って! スキルはもう解禁! 魅了して、それから春日井君を探そう!」
だが、ミリアは「てへへ」と笑いながら恥ずかしそうに後頭部をかいていた。
ミリアはスキルを使おうとしなかった。
タブレットからはタブさんの冷静な声が流れる。
『イヤホンが故障したようだ。こちらの声が聞こえていない』
私の声はミリアに届いていなかった。
落下した衝撃でミリアのイヤホンが壊れてしまったのだ。




