第309話 倉庫前
私と湊ちゃんの目の前には古びた倉庫がある。ミリアもすぐそばに控えている。
湊ちゃんは冷静ではあるが、少しうんざりしている様子だった。
「運転手もグルだった。倉庫としか伝えていないのに、あの運転手は場所を正確に知っていた。スピードを出してくれと言ったときも、警察に捕まるような速度は出さなかった」
「たぶん、春日井君の乗った車もそうなんだろうね。3台ともグルだよ」
「私や春菜の乗った車は寄り道をしたから計画から外れたんだ。おそらく途中のどこかで待ち伏せされていて、春日井君の車だけが襲撃を受けた」
「人が良さそうだったから、騙されちゃったねー」
運転手は人懐こい気さくな青年だった。
私たちを警戒させないように、マフィアとは関係のない人物を使ったのだ。
私のスマホに着信があった。お兄ちゃんからだ。
『春菜。運転手は確保した。こいつは金で雇われただけの、そこらにいる若者だ。やはり犯人はマフィアだ』
「ありがとう、お兄ちゃん。行動が早いね」
『当たり前だ。地元の警察も動いている』
「それで運転手の発信履歴は確認したの? マフィアへの連絡は?」
『発信履歴はない。これから連絡するところだったようだ』
「じゃあ、私たちの到着は知られていない、と」
『ちょっと待て。俺たちが到着するまで突入なんてするなよ』
「しないよ。大丈夫。安全なところにいるから。じゃあねー」
私は一方的に電話を切った。
少し口角を上げ、湊ちゃんに話しかけた。
「ねえ湊。春日井君とラビちゃんが心配だよね?」
「うん」
「タブさんは無事だと言うけれど、状況くらいは確認しておいたほうがいいよね?」
「うん」
おそらく湊ちゃんは私の言わんとするところを理解している。
私はミリアの方へと顔を向ける。
「ねえミリア。ミリアの身体能力は私たちより上だよね?」
「そうなのです。ミリアはレベル173ありますから」
ダンジョンハンターはレベルに応じて身体能力も上がっていく。私のレベルは76で、湊ちゃんのレベルは58。ミリアの173はずば抜けている。
私も湊ちゃんも人間離れした身体能力になっているのだが、通常これはダンジョン内でのことだ。もちろんダンジョン外でも適用されるのだが、リミッターをかけないと通常生活が送れない。だから、ダンジョン外では自動的にリミッターがかかり、一般人レベルに能力が落ちる。
このリミッターはダンジョンデバイスが非常事態だと判断したときには自動的に解除される。また、手動での解除も可能だ。もちろん、私たちは解除しているし、おそらく春日井君も自動解除されている。
問題なのはやはりラビちゃんだ。ラビちゃんのレベルは1だからだ。これは普通の人間と変わらない身体能力のはずだ。
「まずは状況把握から。春日井君とラビちゃんの様子を知りたい」
「それはミリアに任せるのです。ミリアはライブ配信ができるようになったのです。ミリアが潜入して、お姉様たちは動画を見ているといいのです」
「待って、待って。公開はまずい。プライベートで私たちだけが見られるようにするから」
「了解、なのです」
映像はミリアの耳元に装着したカメラで撮影する。タブレットは二の腕に装着し、ミリアとのやり取りはイヤホンを通じて行う。
「では、潜入、行って参るのです。ミリアは犬なのです。匂いがわかるのです。絶対に見つからないのです」
ミリアはビシッと指を伸ばして敬礼の姿勢を取った。
「じゃあ、お願い」
「では、ミリアはここで。また、あとで落ち合いましょうなのです。お姉様、一時のお別れなのです」
私が静かに頷くと、ミリアは倉庫の裏手へと回った。
マフィアと思われる人たちはミリアの存在を知らない。万が一、見つかることがあってもミリアの敵ではない。
「さて、春日井君は無事かな?」
私が声を掛けると、湊ちゃんはスマホでパーティ情報を確認した。ステータス画面でメンバーの状態を見ることができる。
「HPは減っていないからね。少なくとも、暴行を受けたりはしていない」
心配なのはやっぱりラビちゃんだ。ラビちゃんは生身の人間に等しい。ダンジョン生まれのモンスターでありながら、一番か弱い存在でもあった。




