第308話 倉庫に向かう
「春菜、お兄さんに連絡は?」
「メッセージだけ入れた」
「WDAに協力依頼は? 警察への連絡は?」
「今やってる」
私は走りながらタブレットを操作していた。
「よかった。私たちだけで解決しようとしているんじゃないんだね」
「もちろんだよ。そこまで無謀じゃない」
階段を降りきったところで、突然横から抱きつかれた。
全身ピンクシルバー。エンジェル装備のミリアだった。
「お姉様!」
「ミリア!」
ミリアは私に抱きつきながら、胸に顔を埋めてくる。
「いつも思うのですが、お姉様のほうから来てくれないですね。ミリアの匂いはわからないのですか?」
「ああ、ごめん。わからないよ。ミリアほど鼻が効かないんだ」
ミリアは私の胸から顔を上げる。私はその頭を優しく撫でる。
「お姉様、そんなに急いでどこへ?」
「春日井君が来ないの。誰かに誘拐された可能性がある。だから、助けにいくところ」
「では、ミリアもいっしょに行くのです」
「危ないよ。ミリアはここで待っていて」
「しかし、ミリアの鼻は役に立つのでは?」
ミリアはくんくんと鼻を鳴らす。
「あ、そうか。ミリア、ついてきて。お願い」
「承知であります」
ミリアは指をピンと伸ばし、額に手を当てて敬礼の姿勢を取った。
「いざとなったらミリアの完全魅了に頼るかもしれない。でもイタリアではスキルの使用が違法だから逮捕される可能性がある。その時は私もいっしょに逮捕されるから」
「お姉様……」
湊ちゃんがミリアの顔を覗き込んだ。心配そうな声でお願いする。
「ミリアちゃん。相手はマフィアかもしれないの。イヤホンをつけて、ター君の指示に従ってほしい」
「わかったのであります」
ミリアは湊ちゃんに向けて敬礼をした。
私のタブレットとミリアのタブレットが会話を始めた。
『ター君。我と連携し、速攻で片付けるぞ』
『おいらとミリア姉だけでもいいんだけどな』
『主の目的はスローラビットの救出にある』
『なかなか面倒だな、人間は。まあ、おいらたちが協力すればすぐに解決するさ』
ビルの正面に回ると何人かの屈強な男性たちとすれ違った。警備員たちもこちらを見ていたが、私たちは引き止められることはなかった。
おそらくそれどころではなかったのだろう。会議の開始時間が迫る中、私が緊急の連絡をお兄ちゃんやもりもりさんに入れた。彼らが対応に追われていることは想像できた。
湊ちゃんのスマホには犯人たちからのメッセージが届いていた。
装備を持って来るように指定された場所はトラヤーノ埠頭・第4倉庫。
向こうから丁寧に場所を教えてくれるのは都合がいい。
道路に出てタクシーでも拾おうとしていたところに、ここまで送ってきてくれたものと同じ車が停車した。窓が開き、運転手が顔を出した。
「どうしましたか? 慌てているようですが?」
事情を知らない彼は優しそうな顔でこちらを見ている。相変わらず人懐っこい柔和な顔立ちだ。
湊ちゃんがこっそり私にメッセージを送った。メッセージの内容はイヤホンを通して音声に変換されていた。
――あやしい
急いで打ったのだろう。短い一言だった。
私が運転手に声をかけようとしたが、湊ちゃんがそれより先に声を掛けた。
「友だちが大変なことになっているんです。倉庫まで乗せてください! お願い! 急いで!」
少し演技じみた湊ちゃんのセリフは、早口で相手に口を挟ませないものだった。運転手は「早く乗ってください」と言いながら、ドアを開けようと外に出たが、湊ちゃんはそれより先に車に乗り込んだ。私とミリアは湊ちゃんに引っ張られて、いっしょに後部座席に座った。
「急いで! とにかく急いでください! スピード出して!」
湊ちゃんは相手に会話をさせる余裕を与えなかった。次々に運転手を急かすセリフを続けながら、手元ではスマホでメッセージを打っている。
――スピード出してない
それなりに速く走ってはいるのだが、湊ちゃんの言う通り、私たちの望むような速度ではなかった。
運転手が何か言いかけると、湊ちゃんは自分のセリフでそれを遮る。
「お願いです! 急がないと! 倉庫に行かないといけないの!」
――私はタブさんの指示通りに会話をしている
湊ちゃんはタブさんの命令で動いていた。その内容は私には知らされていない。私には知る必要がないということだ。
やがて車はトラヤーノ埠頭と思われる場所に到着した。イヤホンから聞こえたのはタブさんの声。その声で、ここが間違いなくトラヤーノ埠頭だと確定した。
「ありがとうございます!」
湊ちゃんに急かされて、私たちは急いで車から降りた。
目の前には「4」の数字が記されている倉庫があった。
私たちを送ってくれた車はそのまま立ち去った。
窓越しに運転手の後頭部が見えていた。




