第307話 新たなミッション
先に到着しているはずの春日井君とラビちゃんがいない。
「どうしたんだろう? 湊は、なにか聞いている?」
「ううん。なにも。私のほうからコインランドリーに寄っていくとメッセージで連絡したきり。既読にはなっているけれど、返事はないね」
春日井君からの連絡がなかったので、先に会場に行っているものと思い込んでいた。自分たちのミッションで頭が一杯で、春日井君のことを考える余裕はなかった。
タブレットで春日井君の位置情報を表示しようとしたが、こちらからの確認が遮断されていた。
「春日井君の位置情報が確認できない」
「私たちみたいに、ただの寄り道だったらいいけれどね」
「事件や事故に巻き込まれたりしていなければいいけれど。念の為、ダンジョンシミュレーターで……」
私がタブレットを操作しようとしたところに、タブさんの声が流れた。
『主よ。使うべき場面ではためらわずにスキルを使うべきだ。だが、イタリア国内において違法行為であることは留意せよ』
そのことは船の上で聞かされていた。イタリアでは正当な理由なく、ダンジョン外で魔法やスキルを使うことができない。
「これは正当な理由に該当しない?」
『残念ながら難しいだろう。主よ。魔法やスキルを使用した時点でeマナの微粒子が放出される。スキルの使用が感知され、主は当局に拘束されることになる。そうなったら春日井の所在を調べることができなくなる』
湊ちゃんが首を振っている。
「春菜。ぎりぎりまで魔法やスキルは使えないよ。特にこの建物では」
ここはWDAが用意した会議場だ。より厳重に法律が適用されるだろう。
「とりあえず電話してみよう」
「もうかけてみた。つながらない」
「パーティ情報を見ると、春日井君のHPもラビちゃんのHPも変化はない。ダメージは受けていない」
「交通事故ではなさそうだね」
「タブさん。現状で得られる情報から、できる限り分析できる? 私たちに何ができるのか。春日井君たちはどうしているのか?」
『分析は先ほどから行っている。だが、インターネット上の情報がおかしい。掲示板の書き込み、SNS、投稿された画像や動画等に偽情報が含まれているようだ。これは情報汚染だ。何者かが情報を隠そうとしている。春日井とラビに問題が発生した可能性が高い』
「じゃあ、なにかに巻き込まれたってこと?」
『それはまだわからない。だが、筑紫冬夜やこの会場にいる者にも現状を伝え、春日井の捜索を頼むのだ』
「お兄ちゃん……?」
私は顔を曇らせ、眉を寄せてしまう。
せっかく見守り機能を解除してもらうことになったのだ。解除が先送りになってしまうことは確実だ。しかし、2人の安否には変えられない。
「春菜、私もお兄さんたちに話して協力を頼んだほうがいいと思う」
「うん、協力してもらう」
「よかった」
湊ちゃんは見守り機能のことを知っているから、私がお兄ちゃんに頼らないと思ったのかもしれない。でも、そこまで薄情ではない。2人の安否のほうが優先だ。
その時、湊ちゃんのスマホが鳴った。通知音だ。
「あ、春日井君からメッセージが入った。春菜、これ」
湊ちゃんはスマホを操作して、私にもメッセージが見えるように画面を向けた。
そこにあったメッセージ――
――――――――――――――――――――――
男と兎は預かっている。
誰にもこのことを言うな。警察や他のハンターに伝えたら男と兎の命はない。
指定場所に次の装備をもってこい。
●神王装備
●オリハルコン装備
●エンジェル装備
装備と引き換えに男と兎を返す。
場所は追って知らせる。
くれぐれも、誰にも言うな。
――――――――――――――――――――――
「湊……。これ……」
2人して顔を見合わせる。
「もしかして、誘拐?」
私と湊ちゃんが心配するなか、タブさんはいたって冷静だった。
『主よ。安い挑発に乗るな。おおかたイタリアのマフィアであろう。金目当ての犯行だと推測できる。装備の合計は日本円で100億円以上。狙われて当然なのだ』
「どうしたらいい? タブさん?」
『まずは兄の筑紫冬夜に連絡。それからWDAと警察に連絡だ。我は疑わしいマフィアの動向を探る。主よ、心配は無用だ。春日井はダンジョンハンターだ。自分の身くらいは守れるだろう』
「春菜のタブさんってドライだよね……」
湊ちゃんが少し呆れた声を出す。
「ラビちゃんは? 大丈夫だよね?」
『生き残れる可能性は極めて低い。だが、スローラビットは再召喚すればいい』
「湊、私ちょっとタブさんにムカついたんだけど」
眉をひそめながら、湊ちゃんに顔を向ける。
「ラビちゃんのこと?」
「うん。ラビちゃんのこと軽視しすぎ」
『主よ。冷静になれ。解決は組織に任せるのだ。相手がマフィアであるのなら、ダンジョンハンターの敵ではない。相手の挑発に乗り、装備を持っていってはならない。現場には行くべきではない』
「危険だからってこと?」
『相手側にハンターがいなければ楽勝であろう。だが、主が自ら出向くことではないのだ。いずれ世界の王となるのであれば、主が手を下すほどの問題ではないということだ。こんなことは些事でしかない』
私は横にいる湊ちゃんに小さな声で尋ねる。
「ねえ湊。些事ってなに?」
「取るに足らない些細なこと」
私の顔はますます険しくなる。
「つまり、タブさんの解析だと、今回の誘拐事件は大した問題じゃないんだね?」
『主がスローラビットを切り捨てるのであれば、な。世界を統べる王であれば容易な判断だ』
「つまり、ラビちゃんを切り捨てられない私は世界を統べる王にはなれないね」
私の横で湊ちゃんがため息をついた。
「私も無理だ。王にはなれそうにない」
私と湊ちゃんは装備を実体化させ、身につけた。神王装備とオリハルコン装備に身を包む。
「湊、春日井君とラビちゃんを迎えに行こうか」
「うん」
「魔法とスキルを使わないで勝つのは難しいよね?」
「いざとなったら、日本に逃げちゃえばいいよ。長瀞ダンジョンを召喚して」
「湊も過激になってきたね。会議はすっぽかし?」
「別に会議は出なくたって罰則はないでしょ? ここには装備を返しに来たわけだし」
「だね。返すのが少し遅れるってだけ」
「最後にちょっと使わせてもらいましょう。タブさんによると春日井君は大丈夫っぽいから、ラビちゃんだね」
「よし、じゃあ行こうか。ラビちゃん救出ミッション」
「ミッションスタートだ」
『仕方がない。我も付き合うとしよう。主がご執心のラビを救うとしよう』
鎧を装備した状態で私と湊ちゃんは部屋のドアを開けた。
ぎょっとした顔の案内人の脇を抜け、廊下を全力で駆け抜ける。タブさんの指示で、非常用となっている外階段を駆け下りた。




