第305話 裏切り
たくさんの人と挨拶をしたり握手をしながら歩いていると、真っ黒なスーツに身を包んだ男性が並んでいた。男性は3人おり、道路には黒塗りの車が同じ台数止まっていた。どうやら私たちのことを待っていたようで、男性の1人が声を掛けてきた。
「筑紫春菜様、南波湊様、春日井隼様ですね。お待ちしておりました。WDAが用意した会議場まで送迎するよう依頼されております。どうぞ、こちらの車にお乗りください」
恭しくお辞儀をしながらの、日本語による丁寧な挨拶だった。この場にはラビちゃんもいるが、数には入っていなかった。
湊ちゃんが前に出て、車に目を向けた。
「もしかして、別々に乗るってことなのかな?」
車は3台ある。それぞれ1人ずつ乗車するように用意したのだろう。
私は黒服の男に問いかける。
「いっしょに乗ったら駄目なの?」
「もちろんかまいません。ただし、そのままでは1台に全員乗るのは無理でしょう。装備を着た状態ですと狭いですからね。装備を解除していただけたら……」
春日井君がダンジョンデバイスを操作しながら返事をした。
「わかりました。では、装備を外して、いっしょに……」
春日井君に最後まで言わせないうちに、私と湊ちゃんは同時に声を上げる。
「別々に乗ります」
「別々に乗ります」
装備を解除しようとしていた手を止め、春日井君はあっけにとられていた。
春日井君の行動を待たずに、私と湊ちゃんはさっさと車に乗り込んだ。
この状況は逆に都合が良かった。
春日井君には先に会場へ行ってもらい、私と湊ちゃんは買い物をしてから向かえばいいのだ。そうした理由から、ラビちゃんには春日井君といっしょに乗ってもらった。
イタリアの道路は右側通行なので、運転席は左側にある。
私は運転手と対話しやすいように助手席の後ろに座った。
「では、出発いたしますね」
運転手の男性は20代くらいだろう。柔和で優しそうな声で、車の発進も静かだった。これなら多少の融通は利きそうだ。
「あの、途中で買い物をしたいのですが」
「買い物……ですか」
最初の優しそうな声とは裏腹に、雲がかかったような困惑した声が返ってきた。
私は怪訝に思いながらも質問する。
「はい、寄り道する時間はありますよね?」
「時間は大丈夫ですが、何をお求めなのでしょうか? アビスゲートの出現により、イタリア全土で店舗が閉まっております。一部の無人店舗のみが営業しておりますが、明日まで待たないと難しいかと」
「閉まっている?」
「冷凍食品などは買えると思います。あるいは自動販売機などでしょうか」
パンツは? と聞くわけにもいかない。
アビスゲートのせいで軍隊までが出動したのだ。お店が閉まるのは当然のことかもしれない。
どうしたものかと思っていたら、湊ちゃんからメッセージが入った。タブレットを起動してメッセージを読む。
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春菜へ
私はコインランドリーに寄ってから、会場に向かいます。
健闘を祈る。
湊より
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「う、裏切り者ぉ~~」
思わずタブレットを叩きつけそうになり、なんとかこらえた。
湊ちゃんは魚臭くなったパンツを捨てずに持っていたのだ。早くもパンツ獲得ミッションをほぼ終えたに等しい湊ちゃん。
前を見ると、湊ちゃんを乗せた車が交差点で左折して別の道を行った。
私は頭を抱えながら悔しがる。
「コインランドリーは営業しているのかあ~~」
私の嘆きに、運転手の男性は聞こえないふりをしていた。
タブレットを起動してAIに尋ねる。
「どうしよう、タブさん。お店はどこも休みだって。どこかPを買える場所がないかな? 検索してよ」
私は隠語としてPを使った。頭のいいタブさんなら理解してくれるだろう。
『主よ。残念ながら、この近郊にはPを買うことのできる店舗は存在しないようだ。Pを買うためには明日まで待つ必要がある』
「そんなぁ~」
『主よ。なにもPでなくてもいいのではないか? スカートの下にジャージを履いてもいいであろうし、なんなら水着でもいいのだ。Pにこだわる必要はないのだぞ』
「おお、なるほどぉ~」
視界が明るくなったように感じ、気分が軽くなった。
さすがタブさんだ。デバイスリンク・テクノロジーズ社の誇る最先端のAI。惜しみなく資金を投じて開発された最高の頭脳。パンツにこだわってしまった私の思考に新しい光を当ててくれた。
『この先にアンダーグラウンドな店がある。日本の制服やコスプレなどを扱っているようだ。非合法なので、アビスゲートに関係なく営業している。ここでスクール水着を買おう。小学生用だが、主の体型ならぴったり……』
私はタブレットのボタンを押してタブさんの発言を遮った。神王装備のスキルを発動して叩き割ろうかと思った。
タブさんは私にスクール水着(小学生用)を着せようというのだ。しかも、最後の発言は聞き捨てならない。私の体型にぴったりだと? どこが? どのあたりがだ?
私は腕を寄せて胸の谷間を作りながら、運転手に行き先を指示した。
「その先を右に曲がってください」




