第302話 お兄ちゃんとの通話
小型艇が海を進む。携帯の電波が入ったところで、もりもりさんからの着信があった。
『ああ、春菜さん。無事だったのですね。心配しました』
甲板では船の音がうるさくて、電話の声が聞き取りづらかった。スマホを耳に当てたまま船内に入る。
「すみません、ご心配をおかけして」
アビスゲートではいっしょに戦ったもりもりさんだったが、私たちだけが戦闘機に乗って無人島に来てしまっていた。
『それで、ロサンゼルスから冬夜さんとミリアさんが到着しております。電話を代わりますか?』
「お兄ちゃん?」
私の返事を待たずに、電話の相手はお兄ちゃんに代わった。
『春菜。突然ミラノに飛ばされたから驚いたぞ。それにしても、アビスゲートのモンスターをよく倒せたな。正直、あれが街に放たれたら大変なことになった』
久しぶりに聞いた気がするお兄ちゃんの声だった。
当初の目的は大統領の依頼をこなすことだった。それはお兄ちゃんに認めてもらうためでもあった。
「倒すことができたのは、私だけの力ではないけどね。でも、これでデバイスの見守り機能は解除してくれるよね? 私のことを認めるでしょ?」
電話の向こうで、お兄ちゃんが苦笑している顔が想像できる。
『うーん。まあ、しょうがないか。結果を出したわけだしな』
渋々といった感じで、お兄ちゃんは折れた。
「やったあ」
『ただ、忘れてないと思うけど、神王装備は俺のだからな。返せよ』
「あ……」
私が着ているこの装備はお兄ちゃんのものだ。大統領の依頼のために借りていた。
『今はどうしてるんだ? デバイスに格納してあるのか?』
「私が着ている……」
『なんで着ているんだよ。船の上なんだろ?』
「いやあ、いろいろあって……。女子中学生の事情というやつ?」
電話の向こうから、顔をしかめるお兄ちゃんの様子が伝わってきた。
『意味わかんねえ。まあ、いい。ロサンゼルス・ダンジョンの異変と今回のアビスゲートの件で、俺たちはWDAから招集がかかっている。すぐに報告と会議があるそうだ。そのときに会うだろうから、そこで返してくれ』
WDAとは世界ダンジョン協会(World Dungeon Association)のことだ。
「うん……。わかった……」
私の声は沈んでいた。
今回は世界規模で異変が起こっている。人類全体の大きな問題として、私たちは事情を聞かれるのだろう。
上陸後すぐに会議が開かれるそうだ。おそらくそこにお兄ちゃんもくる。
つまり、神王装備を返すまでの時間がないということだった。声が沈んだ理由はここにある。
私は電話を繋いだまま、近くにいた湊ちゃんに声をかけた。
「ねえ、湊?」
「なあに?」
「装備を交換しようか」
「やだよ。電話の内容が想像できるし。神王装備を返してって言われたんでしょう?」
神王装備を返すということは制服姿になるということで、それはスカート姿になるということだ。
電話の向こうからお兄ちゃんの声が聞こえてくる。
『それと大統領側からはエリ・スメラギ嬢が来られている。オリハルコンとミスリル装備の返却は彼女にとのことだ』
「もしかして、それもWDAへの報告のときに?」
『だろうな。じゃあ、無事も確認できたし、用件も伝えたから切るな』
お兄ちゃんは一方的に電話を切った。
横にいる湊ちゃんに顔を向ける。
湊ちゃんは「オリハルコン装備も返すの?」と聞いてきた。私たちの装備は両方とも返却しなければならない。
「湊、ミッション発動」
私が言いたいことを先読みして、湊ちゃんは困ったような顔をする。
「もう……。パンツ獲得ミッションとか言い出すんでしょ?」
「その通り」
私は真剣な顔で頷く。
「しかたない。イタリアにもきっとコンビニくらいあるよ。鎧姿でお店に入るのは恥ずかしいけれど、そこで買えばいい」
やがて小型艇はローマに近い港に到着した。そこはたくさんの人で溢れていた。まるで、英雄の凱旋パレードでも始まるかのような様子だった。




