第301話 救援
マグロを捕ってくると宣言した春日井君がまだ戻ってこない。
時刻は13:00。
長瀞ダンジョンを召喚できるので、いつでも帰ることができる。帰還できる時刻はとっくに過ぎていた。
心配して探しにいかないのは、無事を確認できているからだ。春日井君とはパーティ登録をしている。タブレットに表示されているHPは減っていない。きっとマグロを追い求めるのに夢中になっているのだろう。
私と湊ちゃんは浜辺でぼーっと座っていた。鎧姿の女子中学生が2人、体育座りで海辺にいる。
私は沖の方を眺めながらぼやいた。
「帰ってこないねー。春日井君」
「マグロを捕まえるまで戻ってこないつもりかもね」
返ってきた湊ちゃんの返事は気のないものだった。
「置いていく?」
「置いていこうか」
そのとき、私のお腹が小さく鳴る。
昨日あれだけ食べたが、お腹が空いてきた。もうお昼を過ぎていたし、パンツも履いていない。私たちは早く帰りたかった。
「これで鎧がなかったら、絶対に置いていったよね」
「置いていったね。ノーパンでスカートはさすがに無理だからね」
もしもスカート姿だったら、落ち着かなかっただろう。今日ほどダンジョンハンターでよかったと思うことはない。
「時間を決めようか? あと1時間待って戻ってこなかったら帰っちゃう?」
「春日井君はどうなるの?」
「捜索に来てもらえばいいんじゃない? 私たちは戻ってこれないよ、この島には」
「場所がわからないものね」
全身を鎧に包んでいるとはいえ、パンツを履いていない女子中学生が2人。無人島に残されている。
正確にはラビちゃんもいる。ラビちゃんは砂浜をぺたぺたと歩いている。足跡が残るだけでもラビちゃんには興味があるらしい。打ち寄せる波が足跡を消すのを、不思議そうに見ていた。
「戻ってくるよね? 春日井君」
「さすがに遅いかも」
「沖に出すぎて島がわからなくなった?」
「まさか、漂流中?」
ラビちゃんが波に足をすくわれて転んだ。白いボール状に丸まったラビちゃんが波にさらわれそうになる。私は慌ててラビちゃんを助けに行った。海からラビちゃんを拾い上げる。
浜辺に戻り、ラビちゃんを湊ちゃんに渡すと、私はタブレットの画面を拳でこつこつ叩いた。
「タブさん、タブさん、起きて。緊急事態かも」
『我はいつでも起きている』
すぐに合成音声が応答してくれた。
「春日井君が戻ってこないの。もしかしたら、沖に出過ぎたのかもしれない」
『大丈夫だ。心配ない』
「心配ないって……」
『見えているじゃないか。遠方だが』
私と湊ちゃんは立ち上がって、沖に目を凝らした。遠くに何かが見えた。この距離で春日井君が見えるはずもなく、小さく見えるのは船だった。
『大方、救助艇とでも合流したのであろう。イタリア軍が行方不明になった主たちを捜索しないわけがない。主たちがサバイバルごっこをしていたあいだに、手間をかけたかもしれぬぞ』
やがて島に到着したのは、イタリア海軍の小型艇だった。甲板から春日井君が手を振っていた。海軍らしき人物もいた。
船は島の近くに停船し、小型ボートで何人かが上陸した。
その中には見知った顔もいた。フライング・デビル討伐時にゲート内にいた軍人だ。
「探しました。筑紫春菜さん。発見できて何よりです」
タブさんの言う通り、私たちを探していたのだ。昨日からずっと捜索していたのだとしたら、申し訳なかった。
軍人は私と湊ちゃんをしげしげと眺める。
「ところで、その格好は? なぜフル装備を?」
島には似つかわしくない黄金装備とブルーメタリックの装備。春日井君はズボン姿で上半身が裸なのに、女子中学生の2人は鎧姿だ。
まさか、ノーパンだからとは言うこともできず。
「ダ……ダンジョンハンターとして、いつでもモンスターに対応できるように……。かな……?」
手を後ろに回し、もじもじと体をくねらせてしまう。
「さすが、筑紫春菜さん。ハンターの鑑でありますな」
「ま……まあね」
言葉通りに受け取られ、疑われることもなかった。私と湊ちゃんはゴム製の小型ボートに乗り込む。ボートが私たちの重みで沈みかけた。ボートの縁から水が入りそうになった。
「筑紫春菜さん。大変申し訳ないのですが、装備を解除していただくことは?」
「できません! ハンターたるもの、身を守る必要がありますから!」
鎧を脱ぐということは、スカート姿でボートに座るということだ。
そんなことになったら、大惨事が起こるに決まっている。
怪訝そうな顔をされながら、なんとか小型艇に乗り込んだ。
もちろんラビちゃんもいっしょだ。
船は勢いよく走り出し、無人島が小さくなっていく。
甲板で島を見送りながら、春日井君が名残惜しそうに海を見ていた。
「結局マグロは捕れなかったな」
「マグロは簡単に捕れないよ」
船はかなりの速度で走っている。鎧を着込んでいるので、顔にだけ風が当たる。
「俺はあやうくクラゲに刺されそうになったよ」
「クラゲ?」
「ああ、白くてひらひらしたのが浮いててさ。逃げても逃げても追いかけてくるんだよ」
春日井君が船から身を乗り出した。
「あ、あれだ」
春日井君が海面を指していた。かなり遠かったから、それは小さなクラゲのようにも見える。しかし、違う。あれは……。
あれは、私の……。パン――。
波が漂流物を飲み込んだ。
春日井君の横で、私も思わず手を伸ばす。身を乗り出してしまい、あやうく海に落ちそうになる。
「危ねえ。落ちたら海に沈むぞ」
慌てて春日井君が支えてくれた。
島はどんどん小さくなり、遠ざかっていく。もう漂流物はどこにも見つからない。
見えるのは波しぶきだけ。島はすっかり小さくなり、一面は海ばかりだった。
ああ……。私の……。
まさか、春日井君とニアミスしていたなんて。
この広い地球で再び巡り合うことはできるだろうか。
「もしかして、筑紫。クラゲに興味があったのか? なら、捕ってきてやればよかったか……」
「いや、いいよ……」
あれが私のパンツだったかどうかはわからない。本当にクラゲだったかもしれない。
いずれにせよ、もう巡り合うことはないだろう。
春日井君に拾われなかっただけ、良しとしよう。




