第300話 朝食はありません
さて、鎧の下には制服を着ているが、私も湊ちゃんもノーパンだ。春日井君は私たちの異変を感じ取っているのか、それとも鈍感なのかわからなかった。
「なんだか、筑紫も南波も色っぽいのは気のせいか?」
「気のせいだよ!」
「なんで怒りながら答えるんだよ」
「怒ってないよ!」
湊ちゃんはまだ体育座りで落ち込んでいる。まるで黒いオーラが立ち上っているかのようだ。
そんな湊ちゃんを見て、春日井君は申し訳なさそうに言った。
「俺が朝飯を捕ってこれなかったから落ち込んでるんか?」
「違うわい! あと、捕ってこれなかったんかい!」
私は水平チョップのように、春日井君の胸にツッコミを入れる。春日井君は上半身が裸だから、肉付きの良い胸筋が私の小手を受け止める。
全身が鎧姿の私と、制服のズボンだけの春日井君は違和感がありまくりだ。
「俺も鎧を着なきゃかな? でもそうすると海には入れないしな」
湊ちゃんが体育座りのまま、ぼそりと呟いた。
「早く帰りたい……」
「俺がマグロを捕ってこれなかったことが、そんなにショックなのか……」
「そういうわけじゃないよ! 湊は別の理由で落ち込んでいるの!」
「もう10時は過ぎているもんな。朝飯じゃなく昼飯になる。期待させた俺が悪かった」
「もういいよ。それにしても、昨日はよくカンパチなんて大物を捕れたね?」
「ああ、あれか? あれはファイアーボールを2重構造にして打ち込んだんだ。外側のファイアーボールが消失するときに水が急激に熱せられて、爆発のような現象が起こった。それで魚が気絶したんだな」
「槍で捕まえたんじゃないんだ」
「槍で捕まえたぞ。気絶したあとに」
「同じ方法でマグロは捕れなかったんだ?」
「狙って獲物を捕れるわけじゃねえからなあ。魚群探知機でもあればいいけどよ」
「わかったよ。もう諦めよう。あと2時間もすれば帰っちゃうんだし」
体育座りをしている湊ちゃんから負のオーラが広がった。
「早く帰りたい……」
湊ちゃんが呟いたところで、春日井君が叫ぶ。
「うおおおおお! やっぱり俺のマグロが必要かあ! 待ってろお! 俺が大物を捕ってきてやんぜえーーーー!」
槍を振り上げ、再び海へと行ってしまった。私はその背中に向かって声を張り上げる。
「春日井君ーーー! 調理する時間がないよーーー!」
すると、海をじゃぶじゃぶと進みながら春日井君が返事をした。
「帰るのを遅らせりゃあいいじゃねえかあーーー! 俺のマグロより大事なものがあるかあーーー!!」
あっという間に声は小さくなる。すでにだいぶ遠くまで行っていた。
すぐ横から、とても小さい声が聞こえた。
「パンツのほうが大事だよ……」
ぼそっと呟いた湊ちゃんの言葉には怨嗟がこもっていた。体育座りから顔だけを上げ、海に消える春日井君を見ていた。
「春日井君は置いていこうか。この島に」
「置いていこう」
私と湊ちゃんで勝手に春日井君の置き去りを決めたところへ、ラビちゃんが近寄ってきた。トントンと私を叩いてくる。
「なあに? ラビちゃん」
ラビちゃんは両腕を動かし、ジェスチャーで何かを示そうとしている。自分のことを示してから、それを取り消すように腕を左右に振っていた。なんとなく言いたいことはわかった。
「自分の召喚を解除すれば、今すぐに帰れる、そう言いたいの?」
尋ねると、ラビちゃんはこくこくと頷いた。
「でも、ラビちゃんの記憶は消えちゃうよね? 再召喚しても別のスローラビットになっちゃうんだよね?」
ラビちゃんは少し考え、それから小さくこくりと頷いた。
「じゃあ、解除はしないよ。もうあと2時間なんだし、それで帰れるんだから」
ラビちゃんは目をぱちぱちと瞬かせた。首をかしげ、なぜ自分がいなくなることが問題なのかわからないようだった。
「ラビちゃんはさあ、私や湊がいなくなったら、さみしい?」
そう聞くと、ラビちゃんは即座に頷いた。
「私たちも同じだよ。ラビちゃんが消えてしまうとさびしい」
ラビちゃんは空を見上げ、考えているようだった。海に向かった春日井君に腕を向けて、上下に振る。春日井君はどうなのかと尋ねているのだ。
「春日井君もいないとさびしい。でも彼は1人でもこの島でたくましく生きていくよ。きっと」
ラビちゃんは体を斜めに傾け、下から私の顔を覗き込むように見てきた。「置いていくの?」と聞いているようだった。
「大丈夫。置いていかないよ」
ラビちゃんは胸に腕を当てて、ほっとするような仕草をした。
「2時間以内に戻ってきたらね」
私が口角を少し上げると、ラビちゃんがぶるぶるっと震えた。




