第296話 食材の調理
春日井君がポケットをまさぐり、貝をいくつか取り出した。
「これ、おまけな。食えるかわからないけど。ヤドカリかな?」
「ヤドカリ? 貝の口が塞がっているよ?」
春日井君がポケットから取り出したのはサザエだった。
「それと、海の中で栗を拾ったぞ。中身があればいいけど」
「冗談で言っている? ウニだよ、これ」
春日井君はウニをそのまま手渡そうとしてくるが、針が手に刺さりそうで、私は受け取るのを拒んだ。
「食えないのか?」
「どうなんだろう? 湊はわかる?」
湊ちゃんに顔を向けたが、わからないと首を振っていた。
「私は知らないよ。ウニの中には食べられない種類もあるみたいだからね」
ネットで検索しようにも、ここは携帯の電波すら届かない。代わりにタブレットのAIが教えてくれた。
『問題ない。すべて食べられる』
「タブさんありがとう。たまには役に立つね」
『我が役に立たないことなどない。主の失敗も、主が恥をかかぬよう、遠回しに伝えている』
「別にストレートに言ってくれていいよ。湊や春日井君に聞かれて困ることなんて、何もないし」
『そういうわけにもいかない――』
タブさんはまだ何か言い足りないようだった。
そのとき、私のお腹がぐうと鳴った。
「まあいいや、食事にしよう。カンパチにサザエとウニ。十分な食材だよ。ところで、こんな大きな魚はどうしよう? どうやって調理する?」
「枝に刺して丸焼きにしようぜ」
「ワイルドだね」
私はいい考えだと思い、うんうんと頷いた。
私が同意したのを見て、湊ちゃんが慌てて割って入ってきた。
「待って待って。そんなのもったいない。私に調理させてよ」
「湊、料理できるの?」
「お父さんの趣味が魚釣りだからね。たまに魚をさばくよ。こんなに大きいのは初めてだけど」
「じゃあ、湊に任せよう」
「うん、任せて」
そう言いながら、湊ちゃんは腕まくりをした。手にはすでに実体化したダガーが握られている。ダガーは初心者のハンターが使う小刀だ。包丁がないこの島では、ダガーを使うようだ。
「まずは鱗を取る」
まな板代わりの板を探してきて、カンパチを乗せた。湊ちゃんは器用にダガーを使って鱗を取り始めた。パリパリと小さな音を立てながら鱗が飛んでいく。手際よくすべての鱗を取っていった。
「そうしたら頭を落として、内臓を取り除いて洗う。ここからは水気を切って、あまり濡らさないようにするよ」
特にほかの作業がない私と春日井君は、湊ちゃんが魚をさばく様子を見ていた。
「そして、3枚におろす」
「料理番組とかでよく聞くやつだね」
3枚おろしは聞いたことがある。しかし、聞いたことがあるだけで、実際にどうやるのかはわからない。湊ちゃんの実演で、カンパチは3枚に分けられた。
「よし、これを焼き魚用と刺身用にしよう。焼き魚は皮を残して切り身にする。残りは皮を引いて刺身にしていくよ」
頭側の身を皮ごと厚く切り、切り身を作った。残った身は皮を引く。ダガーを魚の身と皮の間に入れ、皮を引っ張るようにはがしていた。
湊ちゃんはたまにしかやったことがないと言っていたが、かなり手慣れた様子だった。
皮をはがし、身だけになったカンパチを厚めにスライスして、刺身にしていく。3人では食べ切れないほどの量があるので、湊ちゃんの切り方は贅沢だった。それを私は一切れつまみ上げた。
「味見~」
顔の前まで持ち上げ、上から口の中に放る。私を見て、湊ちゃんもダガーを持つ手を止め、刺身を一切れつまみ上げた。
「私も、味見~」
2人で刺身を味わう。つまみ食いだ。
「うま」
私は目を丸くしてしまう。
「この身の弾力。脂ののりもいい」
「美味しいね、湊」
湊ちゃんはうんうんと頷く。
さきほど海から捕ってきたばかりの魚だ。それを刺身にしてすぐに食べるという贅沢。横で見ていた春日井君も、当然のように指を伸ばしてきた。
「俺もいいか?」
すでに指は魚に触れていたが、
「どうぞどうぞ」
と2人で手を差し出す。
春日井君が刺身をつまんで口に含んだ。だが、少し変な顔をした。
「ん? これ……」
眉をひそめながら咀嚼していた。
何か手違いでもあったのかと気にした湊ちゃんが、
「どうしたの?」
と顔を覗き込むと、
「マグロじゃねえな……」
と春日井君。
一拍の間を置き、私と湊ちゃんは同時に声を上げた。
「マグロじゃねえよ」
◆ ◆ ◆
3人とも刺身の2切れ目は我慢して、調理を進める。
湊ちゃんが私たちに仕事を指示してきた。
「切り身は枝に刺して焚き火で焼いてね。その間に刺身を完成させておくから」
「了解~」
「サザエも火にかけて焼いてね。春菜の鍋を使って、その上で焼こうか。ウニは生で食べよう」
「うん」
「カンパチの頭は兜割りにして、骨と一緒にアラ汁にする。ここでも春菜の鍋が役に立ったね。鍋が2つあって助かった」
「でしょ? 計算通り」
まったく、たまたまの偶然だが、私はほくそ笑む。
料理にそれほど時間はかからなかった。
アラ汁は少しの塩で味をつけるだけ。
焼き魚は火力が強かったので、10分もかからない。
サザエもぐつぐつと煮立ち、小さな泡が出てきたら焼き上がり。
大きめの葉を並べて皿代わりにし、大量の刺身と焼き魚を並べていく。数個しかない貴重なサザエはアクセントとして飾った。
お椀になりそうな器を探して、アラ汁をよそう。
ウニは半分に割っただけ。生でそのまま食べる。
「できたー」
湊ちゃんの言葉に、私と春日井君で拍手を送る。3人で作業したが、功労者は湊ちゃんだった。
刺身。
焼き魚。
焼きサザエ。
アラ汁。
ウニ。
これが今日の晩ご飯だ。
「いいんじゃない? なかなか」
「食べられないラビちゃんには悪いけど」
「マグロじゃなかったのが衝撃だけど」
3人で好き勝手に言って、同時に手を合わせる。
「いっただっきまーす」
「いっただっきまーす」
「いっただっきまーす」
大きな声で食前の挨拶を終えると、勢いよく食べ始めた。
私がアラ汁を飲むと、ため息が出た。
「このアラ汁ってさ、塩しか味付けしていないんだよね?」
「そうだよ」
「いい味してる。出汁がきいてて美味しいんだ」
湊ちゃんが焼き魚に箸を伸ばした。
「美味しい。焼き加減が絶妙」
「これは私」
「ありがとう、春菜」
サザエの割り当ては1人2個。大事に食べる。
「サザエ、美味しい」
「捕ってきてくれた人、神。ウニもとろける」
「もっと褒めてくれ」
やはりメインは刺身だった。
「刺身が新鮮で美味しい」
「醤油がほしいと思っていたけど、塩でも美味しいね」
春日井君が刺身を箸で持ち上げながら、首をかしげた。
「厚いのと薄いのがあるのは、変化をつけるためか?」
「それもあるけど……」
春日井君に聞かれ、湊ちゃんは説明する。
「この量の刺身はさすがに飽きると思ったから、アラ汁の残りでブリしゃぶみたいにしてみようかなと思ったの」
説明を待たず、私と春日井君は動いていた。
「おお、これはこれで味変になっていいね」
「気が利くな。いくらでも食えそうだ」
さんざんたらふく食べて、とてもなくなるとは思えなかった量を、3人で食べ尽くしていた。
「もう……食べられない……」
「私も無理……。限界……」
「俺も……。動けない……」
3人とも砂浜で横になってしまう。
すっかり夜は更けていた。




