第295話 真水の確保
島は人の手が入っていないようで、道らしい道はなかった。森に入ると地面には根っこがたくさんあって、踏み越えながら歩いた。
それでも、誰もいない無人島に来るのは初めてだから、私も湊ちゃんもわくわくしていた。
湊ちゃんの言葉からもそれが伝わってくる。
「なんだか、林間学校みたいだねー」
「そうだねー。楽しいねー」
森に入るまでは草が生い茂っていて大変だったが、中に入ってしまうと幾分は楽になる。日差しが遮られているので、下草が生えにくいためだろう。
「楽しいけれど、制服が乾いていたら気分も違ったな。なんだかジャリジャリして、塩っぽい気もする」
「川をみつけたら飛び込んじゃえば?」
「また濡れちゃうけど、そのほうがいいかもね」
「とりあえず水を確保して、それから食糧? 春日井君が魚を捕ってきてくれるといいけれどね。まあ、いざとなったらレーションもあるし」
「レーションかあ。食べ飽きてるしなあ。湊は平気なの? 私はお肉が食べたいなあ」
ラビちゃんは私が抱いていた。何気なく口にした私の言葉に、ラビちゃんはびくっと反応した。
湊ちゃんがラビちゃんの頭をぽんぽんと叩く。
「大丈夫。ラビちゃんのことは食べないよ」
丸まっているので、どこが頭なのかはよくわからない。
「あとは女子のプライバシーの確保かな。寝床は分けないとね」
「湊はそこまで考えているの? 私は3人で川の字になって寝るものかと」
「え? 誰が真ん中なの?」
「いや、さすがにそこまでは考えていない……」
私は頭の中で想像してみる。
春日井君が真ん中だとすると、両手に花の状態。さすがにそれは駄目だろう。
じゃあ、私か湊ちゃんが真ん中になったら、その人が春日井君の隣になる。
それだと、真ん中になってしまったら一晩中眠れそうにない。
じゃあじゃあ、やっぱり春日井君が真ん中になるしかないわけで。
そうなったら私も湊ちゃんも、男子の隣?
春日井君も女の子に挟まれるわけだし、そんなの3人とも眠れないじゃないか。
私は結論を出した。
「春日井君は1人だね。1人で寝てもらおう」
「だね。私と春菜の2人でいっしょに寝ましょう」
「春日井君の隔離が決定」
「決定しましたね」
春日井君抜きで配置が決定される。
「制服で寝るのは仕方がないとして、私、下着は換えたかったなー」
「川があったら洗う? 湊も飛び込んじゃえば?」
「いいよ、今日くらい我慢するよ」
「そっか」
私たちは水を探して森を歩いていく。歩きにくいので、あまり距離は進んでいない。
小鳥のさえずりは聞こえてくるが、川のせせらぎは聞こえない。
川があったら飛び込んで全身丸ごと洗っても良かったのだが、残念ながらみつからない。
「どこにも川がなさそう。まずいね。水を確保できないのは」
「川は諦めて帰ろう。食べ物も探していたけれど、見つからないね」
きのこは生えているが、食べられるかわからない。うかつに手を出すべきではない。明日には帰れるのだから、無理をする必要はなかった。
がさがさっと音がした。見ると兎が1匹、後ろ足で立ってこちらを見ていた。こんな島に兎がいるなんて。私たちが見ていても逃げる様子はなかった。
「ラビちゃんの仲間がいた。捕まえる? 食べる?」
「春菜、さすがに捕まえて食べるのは気が引けるよ」
「じゃあ、やめよう」
「うん。売っているお肉ならいいけれど、自分で捌くのは無理」
「果物も見つからないし、帰ろうか」
「帰ろう」
何の収穫もないまま、私たちは浜辺へと戻った。
湊ちゃんは腕組みをしながら考えていた。
「春菜、真水を確保する方法を考えよう」
「うん」
「蒸留はどうだろう?」
「さすが、湊だね。もっと上へ登るってことだよね? この島のもっと高いところへ」
「それは上流。私が言っているのは蒸留」
「『じょうりゅう』と『じょうりゅう』? こんがらがる」
「春菜が言っているのは川上のこと。私が言っているのは海水を沸騰させて、蒸気を冷やして水に戻すことだよ」
「ああ、蒸留ね。最初からそう言ってくれたら」
「最初から言っていたよ」
「よし、じゃあポーションの瓶を使おう」
「それもいいけど、春菜のメタル魔法で装置を作ってもらってさ」
「複雑な装置は作れないよ?」
「鍋を2つ作れる? これで海水を沸騰させるの。真ん中にコップを置く。もう1つの鍋を上に置いて、海水を入れて冷やすの」
「蒸気が冷えて、真ん中のコップに真水が溜まるんだね」
「そういうこと。さあ、取り掛かろうか」
私たちが一生懸命に蒸留装置を作り、やっとコップ1杯の水が溜まった頃、春日井君が海から顔を出し、こちらへ向かっているところだった。
時刻は17:00を過ぎ、日が落ち始めていた。
春日井君が海を歩いて戻って来る。長槍の先には大きな獲物が刺さっていた。銀色に輝く1m近い魚だ。魚はまだ生きていて、ばたばたと暴れていた。
「大物が捕れたぞー。マグロだあー!」
どこからどう見ても、マグロではない。何か別の魚だった。
湊ちゃんは微笑ましく見ながら、のんきに声を出した。
「カンパチかブリかな? でも、大物には間違いないから、夕食には困らなそうだね」
「うん。大物だ。3人で食べ切れるかな?」
ラビちゃんが私の肩をぽんぽんと叩き、そのあと自分に手を向ける。
「ラビちゃんもいたね。3人と1匹で食べきれるかな?」
「ねえ春菜。ラビちゃんって魚を食べるの?」
湊ちゃんが聞くと、ラビちゃんはふるふると首を振る。
「ラビちゃんは何も食べないよ。私のMPが栄養源。数に入れてほしかっただけだよね」
こくこく、とラビちゃんが頷く。
春日井君がやってきた。大きな魚は槍から外され、魚の口に指を突っ込んで持っていた。
「お前たち、何やってんの?」
春日井君は私たちが自慢げに持つコップに目をやった。その後ろには鍋で作った蒸留装置がある。
「真水を作ってたの」
「そう。水は大事でしょ?」
私と湊ちゃんが自慢げにそう言うと、春日井君は平然と言い放った。
「南波の魔法があるだろ? 水魔法が。水には困らない」
「あ」
「あ」
2人して顔を見合わせてしまった。今までの苦労は何だったのだろうか?
春日井君が沸騰している鍋を覗き込んでいた。
「いい感じに塩ができているじゃないか。マグロの味付けに使おう。刺し身を塩で食べてもいいし、焼いて塩を振ってもいい。アラ汁にしてもいいんじゃないか? 味付けはどうしようかと思ってたんだ。だから、ちょうどいい」
その言葉を聞き、私は胸を張る。
「だよね。私たちは塩を作っていたんだよ」
真水を作っていたことは棚に上げ、偶然得られた成果を自慢する。
湊ちゃんが春日井君の持っている魚をまじまじと観察していた。
「ちなみに、この魚。カンパチだよね。よく捕れたね、こんな大物」
「これ、カンパチって言うのか。初めて聞くマグロだ」
春日井君はカンパチを持ち上げてしげしげと眺めていた。
大きな魚は全部マグロという括りなのだろうか? まあ、食べてみれば春日井君もマグロとカンパチの違いはわかるだろう。
私の制服もやっと乾いてきた。
夕方になって風が出てきた。
海風で私のスカートが持ち上がる。あやうくめくれかけ、手で押さえた。この時間になると涼しく感じた。普段は意識することのない風の感触だ。体の芯を下から持ち上げられるような感覚が心地いい。
無人島にいる開放感もあるのかもしれない。
締め付けられていた何かから解き放たれたような――




