第294話 無人島生活 1日目 火をおこす
時刻はおよそ13:00。
日本時間ではなく、時計はミラノに合わせてある。
帰ることができるのは翌日の12:00。
それまではこの島に滞在することになりそうだ。
「まずは春菜の制服を乾かそうか」
そう言った湊ちゃんもいつの間にか装備を解除していて、学校の制服姿になっていた。
海を見ると春日井君が陸地へと戻ってくる途中だった。波打ち際をざぶざぶと歩いている。
私は手をメガホン状にして大きな声で叫んだ。
「春日井く~~ん! 濡れたついでに、夕飯の魚を捕ってきて~~」
横では、湊ちゃんが武器を実体化していた。湊ちゃんはよく気が利く。銛として使えそうな長槍だった。
「春菜、これ」
湊ちゃんから長槍を受け取り、後ろに大きく振りかぶる。陸上の槍投げのごとく、春日井君に向けて投げた。
後ろ足を高く上げて勢いをつけた。砂浜には私の足跡が深く残った。
弧を描いて飛んだ槍は春日井君の取りやすい場所へ飛び、春日井君は空中で見事にキャッチした。
「ナイスキャッチ!」
「投げるのうめえな」
そう言って春日井君は反転して海に戻っていった。
「美味しそうなの頼むよ~~」
私は手を大きく振って送り出す。
湊ちゃんは呆れたような声を出した。
「春菜あ。スカートめくれそうだったよ。濡れてなかったら、目のやり場に困ったところだよ」
海水を含んでいるスカートは重い。乾いていたらめくれ上がったことだろう。
「そっか、スカートだったんだ。まあ、ここには湊しかいないし、見られたところで何も困ることはない」
「ここはどうやら、無人島みたいだからね。私たちしかいないようだし」
「ラビちゃんもいるけれどね」
そのラビちゃんは砂浜で山を作って遊んでいた。一度は海に流されかけたラビちゃんだ。目を離すといつの間にかどこかに行ってしまう可能性がある。気にかけておかなければならない。
「さて、火を熾して春菜の制服を乾かそう。枯れ枝を集めてこようか」
「うん。枝ならたくさんありそうだね」
「ラビちゃんも手伝ってー」
湊ちゃんが声を掛けると、ラビちゃんは短い足でぺたぺたと歩いてきた。歩みが遅いので私たちは先に行く。
枝を手にいっぱい集めた頃、やっとラビちゃんが到着し、何もすることなくいっしょに砂浜へと戻った。
「よし、これを焚き火のように組もう」
湊ちゃんは器用に枝を組み上げていく。
「火種はどうするの?」
「春日井君のファイアーボールかな?」
「じゃあ、戻ってくるのを待たないとか」
「春菜は炎の魔法は使えないよね?」
「使えないねぇ」
「私も水魔法だけだしね」
沖を見ると、春日井君の頭が見えた。すぐに海に潜り、魚を狙いにいったようだ。しばらく戻ってきそうにはなかった。
『凸レンズを作ったらどうだ? 太陽光を集めて燃やすのだ』
タブさんの音声が流れた。
「水魔法で?」
湊ちゃんが聞き返す。
『魔法をコントロールする練習だ。南波湊はまだ魔法の扱いに不慣れなようだ。思い通りにコントロールできるよう、修練しなさい』
「わかった」
湊ちゃんは魔法を唱える。ウォーターボールの魔法は空中に水のボールを発生させるが、形が不安定だ。形を安定させる練習が必要だった。
「私は? 何か手伝えることはあるかな?」
『主は、女性らしい仕草を身につけることだな。さっきの槍投げははしたなかったぞ』
「手を抜いて投げたら春日井君に届かなかったよ」
『そういうことを言いたいのではない。次に槍を投げる時は装備を身に着けなさい』
「いいよ。面倒くさい」
『主よ。我は主のことを思って言っているのだ。装備とは鎧のことではない。主にとって必要不可欠、けっして外してはならない装備であって――』
タブレットのボタンを押して、私はタブさんの言葉を途中で止めた。
「たまにわけのわからないことを言うよね、タブさん」
「春菜……。もうすぐ……できそう……」
湊ちゃんは水のコントロールに集中していた。不安定だった水の塊が収斂し、まるで硬いガラスのようになっていた。それはとても大きな虫眼鏡だ。
「これ……。疲れる……。春菜……手伝って……。光が集まる先に枯れ枝を……」
太陽光が一点に収束していた。湊ちゃんはレンズの形を維持することに精一杯で、位置を調節する余裕がない。私は枯れ枝をかき集め、光が集まる場所まで運んだ。
ちりちりと音がして煙が昇り始める。小さな赤い炎が見えると、あとは早かった。炎はしだいに大きくなり、焚き火の形に組んだ枝が燃え上がった。
「やった。春菜、これで制服を乾かせるよ」
「うん。ありがとう」
そう答えて制服の上着を脱ぎかけたところで、湊ちゃんに止められた。
「春菜、春菜。春日井君がいるんだから。着たまま乾かさないと駄目だって」
「あ、そうか。春日井君がいるのか。じゃあ、このままで」
私は制服を乾かすため、その場でくるくると回る。焚き火の熱であぶられている気分だ。なんだか、豚の丸焼きにでもされているような感じだった。
そんな私を見ながら、湊ちゃんは先のことを考えていたようだ。
「次は真水を確保しなきゃね。海水を飲むわけにはいかないし、まだ22時間ほどあるから、絶対に喉が渇くよ」
「真水かあ。まあ、タブさんに聞けばすぐに答えを……」
『そのくらい自分たちで考えるのだ』
即座に否定されてしまう。
「さっき途中で言葉を遮ったことを根に持っている?」
『そうではない。せっかくの無人島なのだ。自分たちで考えて行動したほうが楽しいのではないか?』
「まあ、そうかもね」
『それよりも心配なのは主の装備だ。我はさきほどからハラハラしておるのだ。主はスカートの中に手を差し入れ、脱いで、そして絞ったであろう。もしかして、まだ身につけていないことを忘れているのではないのか? 主が身につけていない装備は、パン――』
話が長かったので、またも私はタブレットの会話を中断した。
「話は手短に。長いよ、タブさん」
「ねえ、最後に何か言いかけなかった? パン――とか聞こえたけれど?」
湊ちゃんが砂浜に座っていた。体育座りで、手を太ももの裏に回してスカートを押さえている。そうしないとスカートの中が見えてしまうからだ。
私は相変わらず焚き火の前でくるくると回っていた。
「なかなか乾かないなー。今座ると絶対にスカートが砂まみれになるよね?」
「そうだね。ちゃんと乾かしたほうがいいと思うよ」
「ただ、海水だから塩を吹きそうだよね。乾いたら塩だらけになりそう。どこかに川でもあったらいいけど」
「じゃあ、探検でもしてみる? まだ春日井君は戻ってこなそうだし」
探検という言葉を聞きつけたのか、ラビちゃんが丸まってこちらに跳ねてきた。私はそれを抱きとめる。
「よし、行こうか。ラビちゃんもいっしょに」
まだ日は高いので時間はある。島を探検するにはちょうどよかった。




