第293話 無人島
タブレットから合成音声が流れてくる。
『主よ。どうやらここは無人島のようだ』
見回すと、南国のリゾートを思わせる自然に溢れた景色の中、人工物は私が召喚した戦闘機だけだった。
ミスリルの鎧を着た春日井君、ブルーメタリックの鎧を着た湊ちゃん。
いずれも、のどかな島には不釣り合いだった。
ラビちゃんは湊ちゃんの胸から降り、砂浜をぺたぺたと歩いている。初めて見る海に興味があるようだ。ラビちゃんの白い毛の生えた足に、波がやさしく打ちつける。
私はもちろん黄金の神王装備を着ていた。
無人島にまったく似つかわしくない3人と1匹がそこにいた。
私たちはアビスゲートから脱出し、出た途端に軍隊に襲われ、戦闘機に乗ってここまでやってきたようだ。
「とりあえず、無事にクエストを完了して、イタリア軍から逃げ切ったんだね」
状況を理解した私が訊ねると、春日井君は舌打ちをした。
「ったく。筑紫が気絶した時は焦ったぜ。ミサイルがことごとく外れてさ。でも、ラビがいたから、なんとかなったけどよ」
ミサイルは私の視界内でないとホーミングが効かない。そして、おそらくラビちゃんが私の目の代わりになってくれたのだ。
でも私の側にも言い分がある。戦闘機に乗りたくて乗ったのではないのだ。
「私は乗りたくなかったんだよ。無理やり乗せた湊と春日井君が悪いと思う。私は悪くないじゃん。2人が悪いと思うよ」
頬をぷっくりと膨らませながら、私はぷんぷんと怒る。
湊ちゃんは申し訳なさそうに私に寄り添ってきた。
「ごめん、ごめん、春菜。私も悪かったよ。気絶するほど戦闘機が嫌だったなんて。でも、目を覚ましてくれてよかった。早く帰ろう」
「じゃあ仕方ないから、もう一度だけ乗るよ。戦闘機に乗って帰ろうか。まだ燃料は持つかな?」
私はまったく乗る気はなく、心の中では別の方法がないかと考えていた。だが、そもそも戦闘機で帰ることはできなかった。
「悪い、筑紫。戦闘機は無理だ」
「無理?」
「そうなんだ。燃料が残っていないだけじゃなく、攻撃も受けた」
見ると戦闘機の翼は傷ついており、破損が激しい。ここまで飛んできたことが奇跡のようだった。
「ああ、なるほど。それは一度召喚を解除して再召喚すれば……」
再召喚により、新しい戦闘機が現れるはずだった。
私が召喚を解除すると、戦闘機はポリゴンの粒子となって消えた。
再び召喚の魔法を唱えようとしたが、頭の中に響いたのはエラーを示すビープ音だった。
確認のためにタブレットを見ると、傷ついた戦闘機のリスポーン時間が表示されている。回復には48時間が必要とのことだった。
私はその結果を春日井君と湊ちゃんにも見せる。
「新しい戦闘機は48時間待たないと召喚できない」
「それって召喚したとして、燃料は入っているのか?」
私の代わりにタブレットが返答してくれる。
『燃料は入っていない。ゲート内で召喚したときに燃料が入っていたのは、ロサンゼルスの空港で補給されたからだ。主たちは戦闘機で日本へ帰ることはできない』
それを聞き、私は顔がにやけてしまった。
「なるほど、じゃあ戦闘機を召喚しても意味がない……と。よかった、よかった」
『主よ。省エネモードで飛べば、近くの陸地までなら――』
私は即座にタブレットのボタンを押した。タブさんの声が途切れる。
「さて、じゃあ、長瀞ダンジョンを召喚して、一気に長瀞まで飛ぼう」
別案はあるのだ。私たちは簡単に日本へ帰ることができる。
そう思って召喚を実行しようとしたのだが、またもやエラー音が鳴った。
タブレットを確認する。
「そうか……。召喚の4枠を全部使い果たしてる……」
フレイムドラゴン、偽装扉、戦闘機の回復待ちで3枠が埋まっていた。
もちろんラビちゃんの召喚を解除すれば、今すぐに帰ることはできる。しかし、その選択肢を考えることはしなかった。
「ええと、最初の枠が使えるようになるのは23時間後か」
つまり、23時間はこの島に滞在しなければならないようだ。
「とりあえず、お兄ちゃんに電話しとこうかな。心配しているかもしれないし」
「ここ、電波入らないぞ」
「ええ!? 入らないの!?」
湊ちゃんが私の持つタブレットを指でつんつんと突いた。
「でも、ほら。春菜のタブレットならできないの? 特別な機種なんでしょう? 人工衛星と通信できたりしないの?」
『我はダンジョン内での使用を想定して作られている。残念ながら、人工衛星とは接続できない』
その頃、海ではラビちゃんがぷかぷかと浮いていた。白い毛玉のボール状になって、沖へと流されていた。
それに気づいたのは湊ちゃんだった。
「ああ! ラビちゃん! ラビちゃんが流されてる!」
慌てて私と春日井君は海へと飛び込んだ。だが、鎧の重さでぶくぶくと沈む。
「あぷっ、あぷっ。やば。沈む……。溺れる……」
「春菜! 装備を解除して! 鎧を脱いで!」
砂浜で湊ちゃんが叫んだ。
「ぶわぅ。わがっだ。ぬぐ……」
タブレットを操作して装備を解除する。水を含んだ制服は重たいが、鎧よりはマシだった。
泳いでラビちゃんへと向かう。
春日井君と同時にラビちゃんへ手を伸ばした。ビーチボールよりも浮力の高いラビちゃんのおかげで、沈むことはない。
春日井君といっしょにバタ足で陸地へと戻った。
着ていた制服から、ぼたぼたと海水が落ちる。
「うわあ、びしょびしょだあ」
「濡れちまったな。でも、すぐ乾くだろ」
一番びしょ濡れだったのはラビちゃんだ。白い毛が体に張り付いていた。本体はこんなに細かったのかと思うほど、か細いラビちゃんだった。体をぶるぶるっと震わせる。まるで犬のようなその仕草に、海水の雫が四方八方へと飛んだ。
「うわ、ラビ! 飛んできたぞ!」
春日井君はそう言いながら、すでに自分も上半身ハダカになっていた。
雑巾のように学ランの上着を絞っている。
私も制服を絞りたいが、春日井君の目がある。脱ぐわけにはいかない。
スカートが足にぴったりと張り付いていた。濡れたパンツは気持ちが悪い。
パンツだけでもなんとか乾かしたかった。日差しは強く、風は穏やかだった。脱いでそこら辺に干しておけば、すぐに乾くだろう。
春日井君は脱いだTシャツを絞って体を拭いていた。意外と筋肉質なんだなと、その体を見ていたら、Tシャツを私に差し出しながら言った。
「筑紫も拭くか?」
「ありがとう」
そう言って私はTシャツを受け取ったが、春日井君の脱いだTシャツで体を拭けるわけもなく――。
「って、拭けるかあ! 女子中学生は男子のTシャツで体を拭かねえよぉ!」
叫びながら、丸めたTシャツを放り投げた。適度に水を含んでいたから、勢いよく飛んでいった。
「俺のTシャツ! 投げんじゃねえよ!」
叫びながら、春日井君は海へ飛び込んだ。せっかく拭いたのに、また濡れてしまうことになった。
その隙に私はパンツを脱ぐ。雑巾の要領で、ぎゅっと絞る。ぼたぼたと海水が落ちた。
スカートは便利だ。すぐにパンツを脱ぐことができるのだから。




