第292話 最後の召喚
私たちは上空を見上げていた。砂煙で視界は悪い。砕け散ったドラゴンの残骸がかろうじて見えるだけだった。
ラビちゃんは小さく丸まり、白い毛玉のようなボール状になっている。
湊ちゃんがラビちゃんを抱きかかえながら、不安そうに声を上げた。
「どうしよう、春菜……。ドラゴンが倒されちゃった……。空を飛べて、あのモンスターを倒せる相手なんているのかな? まだ召喚の枠は残っているんだよね?」
私が召喚できるモンスターは4体だ。
今はラビちゃんを召喚していて、フレイムドラゴンと偽装扉が倒されてしまった。
召喚には再び実行できるようになるまでのリスポーン時間が設定されている。つまり4枠のうち2枠は24時間以上待つ必要があった。
残り1枠。
空いているはずだった。
「みなさんに残念なお知らせがあります」
もりもりさん、湊ちゃん、春日井君が私に注目する。みんなが空に注意を向けているあいだに、私の行動は終わっていた。
「私の召喚枠は残っていません。なぜなら……」
ずずず、と砂煙の中から巨体が姿を現す。
私の手にあるのはゲームのコントローラー。
鋭く尖った金属製のノーズが顔を出す。すぐにその全貌が現れた。
ロシア製戦闘機。Su-57(改)。『改』は私の魔法による改造。ゲームのコントローラーでラジコンのように操作ができ、1人乗りを無理やり4人乗りに改造している。そのため、座席はとても狭い。
「これは最終手段。できれば使いたくなかったけれど、仕方がない。戦闘機でモンスターを倒します」
私の宣言に3人とラビちゃんが注目する。私はコントローラーを春日井君の手のひらに置いた。その上から、ぽんぽんと軽く叩く。
「春日井君。パイロットは任せた。空飛ぶモンスターを倒してきて」
飛行機が苦手な私はすべてを春日井君に任せようとした。だが……。
「筑紫が行かないと無理だよな? ミサイルだってホーミング機能があるんだろ? 有視界で敵を捕捉しないと当たらないんだろ?」
春日井君の言うことはもっともだ。まさにその通りだった。
私は腰に手を当て、胸を張りながら上空を睨みつける。
「かなりの強敵だよね。もう、倒す手段がない。私たちにできるのは、残り時間を逃げ回ることだけ」
湊ちゃんはラビちゃんを左腕に抱え、右手で私の腕を取ってきた。
「さあ、行こっか。春菜」
湊ちゃんは強く私を引っ張る。
腰に手を当てたまま、私は地面をずるずると引きずられた。
地面には私の足で二本のラインができていた。
あとから春日井君もついてくる。
もりもりさんは私たちに向けて手を振った。
「では、私は市民の方々を守ることにします。みなさんの健闘をお祈りします」
私はずるずる、ずるずると引きずられる。
もりもりさん、助けて――。
そう訴えたかったが、私の喉からは声が出ない。
私の運命はもう決まっていたのだ。
私は選択肢を間違った。ロサンゼルスでダンジョン・シミュレーターを使いすぎたのも敗因だ。
私たちはドラゴンの背に乗って戦うべきだった。それこそが最善策だったのだ。
「もりもりさあぁぁぁぁん――」
私は悲痛な声を上げる。
もりもりさんは別れの挨拶として手を振るだけだった。
なぜ私が引きずられ、なぜ私が涙目なのか、もりもりさんはまったく分かっていない様子だった。
気がつくと、私は戦闘機の操縦席に乗せられていた。席は3列になっていて、本来なら先頭にパイロットが乗る。コントローラーで操作するので今は空席だ。
2列目に春日井君。3列目に私と湊ちゃん。そして湊ちゃんが抱きかかえているラビちゃんが乗っている。
「もりもりさんも乗れるじゃん……」
私のつぶやきを無視するように、春日井君が持っていたコントローラーのAボタンを押した。この戦闘機はボタンひとつで離陸できる。
とんでもない加速度が体に加わる。白目になりそうなのを我慢していると、ふわっとした浮遊感があった。地面を離れたのだ。
やばいだろ、これ――。
早くも気絶しそうになったが、懸命に耐えていた。
耐えていたが……。
終わった……。
「ミサイルを全弾撃ち込もう。これで倒せなかったら諦めるしかない」
春日井君の声が夢の中で聞こえてくる。
湊ちゃんが私の体を揺さぶっていた。
「春菜、春菜。起きて! 起きてよ! 白目を剥かないで! 目を開けて! 目を開けてよ!」
最後に聞こえてきたのは春日井君の声。
「よし、行くぞ! 敵を捕捉した! ミサイル発射!」
◆ ◆ ◆
……
……
……
どうやら気絶してしまったようだ。
体が揺さぶられている。
湊ちゃんの声で「春菜、起きて」と聞こえる。
ぽかぽかと日差しが温かい。太陽がのどかに体を照らしている。
すぐ近くでは波の音が聞こえていた。
ざざあああぁぁん、ざざああぁぁん、と繰り返している。
私は砂浜に寝ているようだ。
「春菜! やっと目を覚ました!」
うっすら目を開けると、湊ちゃんが私を覗き込んでいた。すぐ横には春日井君もいる。ラビちゃんまで心配そうに私の顔を覗いていた。
ここはどこだろう?
3人の向こうには青い空が見える。雲一つない晴天だ。
私は砂浜に寝ていて、近くには森がある。
砂浜には海からの波が穏やかに打ち寄せていた。
ここはどこかの島だろうか。私は夢を見ていたのだろうか?
すべては夢だった?
あのゲートも、フライング・デビルも、最後に戦ったあの……
「デビルズ・マスターは倒したよ。私たち、この島に着陸したの」
着陸?
湊ちゃんは何を言って……
「大変だったんだから。アビスゲートから出たら、たくさんの戦闘機が飛んでいて」
そうか、あれは夢じゃなかった。
私たちは最後のモンスターを倒し、ゲートから現実世界に戻った。
そこは大量の兵器で溢れていた。
イタリア軍はゲートの周囲を包囲していた。大量の戦車や戦闘機が待機していたのだ。
春日井君がコントローラーを持ち上げて振ってみせた。
「残ったミサイルごとゲートの外に出されたからさ。そのミサイルが運悪くイタリア軍の戦闘機に当たっちまって……」
春日井君の話によると、どうやら戦闘機を撃ち落としてしまったらしい。パイロットは緊急脱出したが、私たちを敵だと認識したイタリア空軍は攻撃を開始した。
「ほんと、命からがら大西洋に出て、ここに降りたんだ。そういうことだ」
春日井君はふうとため息をつく。
「もう……。本当に、モンスターより恐ろしかったよ。空軍の攻撃は」
湊ちゃんも安堵のため息をつき、慰めるようにラビちゃんの頭を撫でていた。




