第291話 フライング・デビルの討伐
フレイムドラゴンを召喚し、口に偽装扉をくわえさせた。まだ扉は閉じている。
半径3m以内は危険区域だ。私たちは十分に安全な距離を取る。
フレイムドラゴンが首を振ると、その勢いで扉が開いた。扉の向こう側には漆黒が広がっている。周囲の赤砂が吸い込まれているので、間違いなく偽装扉は作動していた。
「フレイムドラゴン。空を飛びなさい。上空を旋回して、フライング・デビルを一掃してきて」
私が命令すると、ドラゴンは翼を大きく広げて上空へ舞い上がった。
市民はエリアの中央に集まっている。その市民を包囲するようにフライング・デビルは円を描いて飛んでいた。ドラゴンはそこをぐるっと回って飛んでくるだけだ。巨大掃除機となったドラゴンはモンスター共を片付けてくれるはずだ。
湊ちゃんがスマホの画面を見ていた。
「ああ、やっぱり。配信で流れている」
中央にはたくさんの市民がいた。ゲート内はWi-Fiも通じるため、ライブ配信をする人もいる。
「え!? ちょっと待って。これは想定外」
食い入るように映像を見ながら、湊ちゃんは驚いていた。
早くも湊ちゃんの想定外が発生した。
それは偽装扉の働きではなく、ライブ配信の映像にあった。
湊ちゃんは私の鎧を掴んで引っ張った。
「ねえねえ、春菜。この映像を見て。このライブ配信」
湊ちゃんが見せてきたスマホの画面には、すごい勢いで飛ぶ迫力のある映像が映っていた。超高速で飛行しながら、フライング・デビルが次々と吸い込まれている。
ドラゴンの視点から撮影されたその動画は、とんでもない臨場感だった。当然のようにコメントも活発だった。
》フライング・デビルを吸い込んで、その数を減らしている。
》1,000を切ったぞ。早くも3桁突入
》映像がちょっとわかりにくいけれど、これはドラゴンがフライング・デビルを飲み込んでいるのかな?
》どうやら、そうらしいね
》すげえ。誰がこれを撮影しているんだ?
》カメラの位置はドラゴンの頭付近だね
》ドラゴンの頭に誰かが乗っている?
》勇敢だな
》落ちたら死ぬぞ、これ
》フライング・デビルを一掃しようという作戦もすごいけれど、この撮影者がすごい
》だけど撮影する必要はあるのか?
》だよな。危険すぎる
春日井君はすぐに撮影者がわかったようだ。肘で私を小突いてくる。
「たぶん、これ。ラビだよな? 撮影をしているの」
ゲート内は赤い砂が舞っている。私は視界が悪い中でドラゴンを召喚していた。巨大なドラゴンが地中から現れたのだが、そこにラビちゃんがいたのだ。
ラビちゃんが、すぐ近くにいたなんて……
予想外すぎるラビちゃんの行動で、私たちの活躍は世界中に配信されてしまう。
》こいつらすごいな
》4人のパーティメンバーだったよな
》ハルナっち。名前を覚えた。
》こいつがワールドランク1位なんかね?
》噂と違いすぎて戸惑っている。ブロンド美人を想像していたから。
》魔法を外しまくって剣を放り投げた時は無能だと思っていた。ごめん。
》有能だろ
》いや、あれはただの偶然
》なわけない。狙った
》どっち?
》今のこの光景を見てみろ。全部、計算だろ?
》とにかく、こいつらすごい
》いや、すごいのはドラゴン。あと、どうやって飲み込んでいる?
》原理がわからない。でもフライング・デビルはもうすぐ討伐が完了する
》案外あっさりだな
》人類の危機を救ってくれた
》戦っているところを見てねえし、俺は認めない
》だな
》ハルナっちとやら。見てるのか? どこにいる?
》ほかの3人は?
》知らん、どうでもいい
》いや、3人はちゃんと戦っていたじゃねえかよ。強かったぞ
》どうしてハルナっちだけ戦わねえんだ?
》隠しているんだよ。真の実力を
》んなわけあるか。俺は認めん
》別にお前が認めなくてもいい。事実、クエストはもうすぐ完了する
みんな好き勝手に書き込んではいるが、もうフライング・デビルはほとんどが吸い込まれてしまった。残りは98、97、96……。
この勢いなら、じきにクエストは終わる。
あまりにあっけないラストに、私たちは気持ちが緩んでいた。
「ちなみに、春菜のドラゴンって倒されたらどうなるの?」
湊ちゃんが聞いてくる。
「私のMPがある限り、何度でも召喚できるよ。リスポーン時間が経過したら」
なんとなく変な空気が流れた。今度は春日井君が聞いてくる。
「どのくらいの時間だ?」
「まあ、24時間もあれば余裕だよ」
そして、もりもりさんが口を開く。
「それって、フラグですよね……」
もりもりさんが言いたいのは死亡フラグのことだ。
フライング・デビルの数が減っていく。コメントではカウントダウンが始まっていた。
》15
》14
》13
》12
》11
やがて残数が10を切る。
1桁になり、数字の減り方は遅くなったが、視界が悪い中でモンスターを探しているのだ。仕方ないだろう。
》3
》2
残りは2体。これを倒しきればクエストは終わる。私たちはゲートから出ることができる。
》1
そして数字は止まった。
残り1体。
どこにも見つからない。
フレイムドラゴンは周囲を旋回する。
「ラビ! 飛び降りろ!」
春日井君が叫ぶと同時、配信動画の映像が揺れた。
ラビちゃんが落下したのだろう。映像には下から見えるドラゴンの姿。フレイムドラゴンの腹が映っていた。
ドラゴンはどんどん小さくなる。撮影しているラビちゃんが落下しているからだ。
春日井君はラビちゃんの落下地点へ走る。私たちもいっしょに向かった。
もりもりさんが魔法を唱える。
「クリエイト・アース!」
地面に亀裂が走り、盛り上がった。
「ウォーター・ボール!」
「フレイム・バースト!」
湊ちゃんと春日井君の魔法が同時に発動した。
「メタル・スプリング!」
私が生み出した金属のバネが下を支える。
湊ちゃんの水だけでは量が足りなかった。春日井君の炎で一部を水蒸気にして体積をかさ増しした。
春日井君が高く飛び、ラビちゃんを抱きかかえて即席のプールへと飛び込んだ。
ウォーターベッドほどではないにしても、水のクッションが衝撃を和らげ、金属のバネが下から支えた。
水から顔を出し、春日井君がラビちゃんを持ち上げた。二人ともずぶ濡れだった。
「大丈夫か? ラビ?」
春日井君が抱きかかえているラビちゃんに訊ねると、ラビちゃんは持っていたスマホを掲げた。
スマホは無事だとアピールしてくる。
「スマホじゃねえよ。お前が大丈夫かって意味だよ」
最初は意味がわからなかった様子だが、自分のことを心配されたと気がつき、ラビちゃんはこくこくと頷いた。
「まったく……。ひやひやしました。無事でよかったですね。ところで、そのスマホはどうしたのですか?」
もりもりさんが訊ねると、ラビちゃんは地面から拾う仕草をした。
ラビちゃんは言葉を喋れないので、私が代わりに答える。
「落ちていたのを拾ったそうです。ライブ配信をしていた市民のものだと思います。おそらく亡くなってしまった方のスマホが、その場に残されたのでしょう」
「なるほど。拾ったのですね。持ち主に返さないといけませんね」
もりもりさんが言うと、ラビちゃんは毛皮の中から次々と新しいスマホを取り出してきた。トランプのカードのように広げて見せる。
「ずいぶん拾ったな、ラビ」
春日井君が褒めるように言いながら頭を撫でると、ラビちゃんは嬉しそうにその場でステップを踏んだ。
そのときだった。
「危ない!」
誰かが叫び、反射的に私たちは伏せた。
大きな音とともに地面へ落下してきたのは、黒焦げになった偽装扉。
ポリゴンの粒子となり、散っていく。
上空を見上げると、フレイムドラゴンが消えていくところだった。
私の命令は偽装扉を口にくわえておくことだった。
口から炎を吐けないドラゴンは、攻撃手段を奪われていた。
敵は偽装扉で吸い込むことのできない大きさ。
最後の最後まで、私の命令を忠実に実行していたフレイムドラゴンだったが、死ぬ直前に命令に背いて炎を吐いたのだろう。
視界が悪いため、敵の正体はわからない。
だが、私の可愛いフレイムドラゴンを殺したのだ。
24時間が経過すれば復活できるとはいえ、それは以前のドラゴンとは別物だ。
ラビちゃんの代わりがいないように、同じフレイムドラゴンの代わりもいない。
「わあたあしいの! ドラゴンを! よくも! よくもー!」
拳を握りながら、私は珍しく怒りに打ち震えていた。
だが、これは私のせいでもある。
気が緩み、最後の詰めをおろそかにしたからだ。




