第289話 討伐の準備
「助けていただいてこんなことを言うのもなんですが……」
リーダーの男は恐縮そうに口を開いた。
「フライング・デビルの残りは1,464。まだ16体を倒したに過ぎません。あなたがたが圧倒的な力をお持ちとはいえ、クエストの完了は不可能とも思えます。隠れてやり過ごすしかないと考えます」
彼の言うことももっともだった。クエスト終了まで、残りおよそ19時間。隠れる場所を探したい気持ちはわかる。
しかし、それは叶わない。
ラビちゃんのおかげで、ゲート内の解析は終わっている。隠れ場所もわかっている。だが、そこにはフライング・デビルが配置されている。彼らが襲われたのは偶然ではないのだ。
「私たちはクエストを完了するため、全モンスターの討伐を考えています。このモンスターをゲートの外に出すわけにはいきません」
フライング・デビルは高い知能を持ち、統率力もある。おまけにとんでもなく強い。人類側は兵器による総力戦になるはずだ。攻撃能力は戦闘機並みだからだ。
リーダーは嫌と言うほどフライング・デビルの強さが身にしみている。全モンスターを討伐すると言ったもりもりさんの言葉に対して、強く首を振った。
「いや、無理ですよ。さすがに。この数は」
「絶対にできる、と断言することはできませんが、私はできると思っています。ここにいる春菜さんなら」
いきなりもりもりさんに名指しされて、私は慌ててしまう。
「え、ええ!? 私!?」
私の反応には構うことなく、もりもりさんはリーダーに告げた。
「そのためにはあなた方に従っていただく必要があったのです。私たちは、ただモンスターを討伐するだけではありません。市民の被害を最小限にしたいのです。その手伝いをしてほしいのです」
決意のこもった強い言葉に、リーダーは感化されていた。もりもりさんは絶対に倒せるのだという確信を言葉に乗せていた。
「作戦がおありなのですね」
「まあ、絶対ではありませんけれど。それでも春菜さんですから。私はできると信じています」
横では湊ちゃんも、春日井君も、うんうんと頷いている。どうして2人までもが確信を持ってしまっているのだろうか? 私に何ができるのか?
あの放り投げた剣だって、たまたま当たっただけなのに……。たまたま……。
リーダーがそっと私に近寄った。耳元に顔を近づけ、私だけに聞こえるように声を出した。とても小さい声だ。
「やはり、あなたがワールドランク1位なのですね。みなの信頼が厚く、とんでもない能力をお持ちだ。そして、まだ力を隠しておられる」
「あ、え、いえ……。え、ええ!? 違いますって……。1位? 違いますよ……」
どうしてそういう話になるのだろうか。ワールドランク1位はミランダさんで、お兄ちゃんの恋人だ。今はこの場にいない。
リーダーは何かに気づいたように、声のトーンを和らげた。
「あ、もしかして正体を隠して? そうですよね。ランク1位の顔は誰も知らない。ブロンドの美人だという噂でしたが、こんな可愛らしいお嬢さんだったとは」
「いや、本当に違うんです……」
「大丈夫。大丈夫ですよ。私は絶対にしゃべりません。覚悟を決めてあなたがたに従うことを決めました。何があっても命令を忠実に実行いたします」
「いや……、違いますってぇ~」
完全な誤解だった。ランク1位だと思われてしまっている。
このままだと、そのうち私がお兄ちゃんの恋人にさせられてしまうのではないだろうか。
もしもそんな噂が広まってしまったら、お兄ちゃんがミランダさんとの結婚を発表した時、ニュース速報で使われるのは私の写真だ。
……。
想像するだけで恐ろしい。
そんな事態だけは避けたい。
私のすぐそばで囁いていたリーダーは直立して、敬礼をした。
私たちに向かって、はきはきと声を出す。
「我々に命令をいただけますか? 我々は何をしたらいいでしょうか?」
もりもりさんは小さく微笑みを浮かべた。
「フライング・デビルの討伐は私たちに任せてほしいのです。みなさんは市民を守ってください。市民を守ることだけに専念していただければ、作戦はうまくいきます」
このあと、作戦の概要を彼らに伝えた。
市民とともになるべく中央に寄っておくこと。そして配信を通して他のグループに呼びかけ、協力を促してもらう。すべての市民とハンターに出てきてもらい、中央に集まってもらう。
すぐに信用してもらうことは難しいかもしれないが、動画の視聴者も巻き込んで説得してほしいと伝えた。さきほどの奇跡的な光景を当事者として語ってもらい、他のグループを動かしてほしい、と。
リーダーたちの献身的な行動で、思いのほか、スムーズに事が進んだ。
市民を中央に集合させ、その周囲をハンターが取り囲んで守ることになった。配信動画がアーカイブとして残っていたことも大きい。証拠を目で見て納得することができるからだ。
そして私たちはフライング・デビル討伐に専念することができる。
作戦はもりもりさんと湊ちゃんが話し合って決めていた。私はその作戦に、ただ従うだけだ。




