第287話 倒されるモンスター
黄金に光るミスリルの刃。ブーメランに似た形状で、回転しながら飛翔する。
はるか上空から落ちてくるミスリルカッターは、神が落とす雷の如き。赤い砂で覆われた空を引き裂きながら、天より奔りくる。その威力は凄まじく、フライング・デビルの腕を一瞬で引き裂いた。
フライング・デビルは何が起こったのか分かっていない。相対していたハンターは本能的に危険を察知し、洞穴の中へとバックステップを踏んだ。状況を理解しての行動ではない。本当にたまたま、反射的に行動したに過ぎなかった。
この判断が明暗を分けた。ミスリルカッターは1本では終わらない。降り注ぐ雨は、悪魔の所業を嘲笑うかのような神の御業。
まさにそれは機械仕掛けの神が天に現れ、すべてを終わらせる物語のエンディング。超展開としか言いようがない、誰もが唖然とするほどの大逆転劇。
洞穴の中では生き残った市民らが不安そうに外を見ている。ずがっ、ずがが、ずがががっ、と金の雨が空から降ってくる。地面に落下し、小石が巻き上がる。フライング・デビルは傷だらけになりながら、その場で舞い踊る。
リーダーも口を開けて見ているだけだった。死を覚悟し一騎打ちに臨んだが、あっさりと想定を上回る技量を見せつけられた。視界からフライング・デビルが消え、真横に現れた時は確かに走馬灯を見た。あの時、確かに死んでいたはずだった。
》待て、待て。何が起こった?
》リーダーの魔法? な、わけないよな?
》降り注ぐミスリルカッターの雨……
》超高高度からの攻撃、重力も利用して威力ましまし
》あの兎の着ぐるみ、冷静に撮影している。優秀だな
》どこかのハンターがやったんだよな?
》だろうね
》あの兎も仲間?
》その可能性もある
》兎が場所を伝え、別のハンターが攻撃をする。たぶんそういう連携
》本当か?
》わかるわけねえだろ。推測だよ、推測。
》いずれにせよ、遠方からの攻撃。遠隔射撃。
》さすがに精度は落ちてる。
》最初の1撃でフライング・デビルの腕を落とすことはできたけれど、他は致命傷には至っていない気がする
》でも傷だらけにはなっている。イタリア側のハンターとは違って、ダメージは与えた。
》でもけっきょく倒せてはいない。攻撃は外れたんだよ。
》違うんじゃない? 格の違いを見せつけるために、わざと外したんだよ。相手の戦意を喪失させる。そういう作戦。
》そんなわけない
》いや、絶対そうだって。
》なら、ヒットさせることができるだろうが。急所は外してるんだから。
》だから、わざとだって。わざと外したんだよ。
》超高高度からの攻撃を当てるなんて無理だよ。それこそランク8のハンターだって無理
》そういえば、1人だけランク9がいるって聞いたけど?
》ああ、ワールドランク1位はレベル90だってな。1人だけ規格外みたいよ
》誰も顔を知らないんだよな……
フライング・デビルはボロボロだった。背中に生える翼は見る影もない。飛行することは不可能だろう。顔も体も腕も足も、ミスリルカッターによりずたずたになっている。
それでも生き残ったフライング・デビルはよたよたと歩き出す。洞穴の入り口へと向かっていた。
今なら容易に逃げ出せるはずの市民やハンターも、固まって動けないでいた。なぜならフライング・デビルは強烈な殺意を放っていたからだ。
それまでは命令による支配下にいたのだろう。今のフライング・デビルに従うべき命令はなかった。それは、ただの殺人モンスター。殺意だけを抱えて生きている存在。
黒く濁った眼球がハンターの姿を捉える。最初に動いた人間から殺していく。そう物語っていた。
1歩、また1歩と、フライング・デビルは歩く。最初に動いた者がまず殺されるだろう。ハンターたちは歯をがちがちと鳴らしていた。震える手でなんとか剣を構えていた。
フライング・デビルはまだ1人か2人なら楽に殺せるのだ。それだけの余力を残していることが伝わってきたからこそ、ハンターは死を覚悟せざるを得なかった。
》さっきのあれで殺せなかったのが致命的だ
》だから、わざと外したんだろ
》まだ言うか
》とにかく、あれで倒せなかったのは本当にまずい
》犠牲者が出るだろうね
》ったく。助けに来いよ。ワールドランク1位だかなんだか知らんけど
》どこにいるんだ?
》お前らまだこっち見てんの? あっちの動画を見てみろよ。すごいことになってんぞ。
》こっちよりすごい動画なんてない。今いいところなんだから、邪魔すんな
》向こうの配信やばい。15体がすでに倒された。
》ハンターが倒されたの? 15人?
》んなわけない。モンスター。フライング・デビルを15体倒したんだよ。
》まじかよ。嘘だろ……
》本当だよ。
》こっちは1体でも苦戦しているのに?
》苦戦どこじゃない。相手にすらなっていなかった。ミスリルカッターの雨が降るまでは。
》で、15体は何人で倒したん?
》ハンター4人。でも、3人?
》いみふ(AIによる補足説明->意味不明)
》3人で15体を倒したのだけれど……
》ん?
》1人だけ1体も倒していないんだよ。でもそいつさ、ミスリルカッターを連射してたのよ。
》んんん?
フライング・デビルの口がわずかに開いた。それは「笑う」という表情に見えた。これまでは感情を顔に表すことはなかった。もちろん本当に笑ったわけではない。笑っているように見えただけだ。
ハンターたちからは「殺してやる」「1人でも道連れにしてやる」、そういった不敵な笑みに見えてしまったのだ。
》あいつ、笑ってやがる……
》死んだな……
》何人が生き残れるか……
》誰が最初に動くのか?
》最初に動く、すなわち、最初に死ぬ
》誰も動けないよな
》まあ、死にたくないもんな
》怖すぎるし……あいつ……。悪魔の形相って、まさにこのことだよ……
「俺がいく」という声が聞こえたわけではないが、聞こえた気がした。リーダーの男が剣を振り上げて向かっていった。フライング・デビルもこれに反応して動く。ここも「死ね」という言葉が聞こえたわけではない。両者の間で見えないやり取りがあったように感じられた。
振り下ろされた剣はあっさりとフライング・デビルに掴まれ、遠くに放り投げられた。反対の手から伸びる鋭い爪が、ハンターの兜に迫った。
リーダーは死を覚悟し、目をつぶった。
奇跡はそう何度も起こるものではない。
さきほどは黄金の雨に救われた。しかし、それも一時のことだった。再び相まみえた強敵に、やはりわずかほどにも刃が届かなかった。
――ガァァァッァァアアアン!!!!!!!
とんでもない轟音が響き渡った。
驚いて目を開けたリーダーの視界に映ったのは、衝撃的な光景だった。
頭頂部から股下にかけて、真っ二つに両断されたフライング・デビルの姿。
ゆっくりとその体が左右に倒れていく。断面からは脳と内臓が見えている。グロテスクな光景を生み出したのは、深く地面に突き刺さった1本の剣。
ミスリルカッターと同じ材質。ミスリルの剣。抱えられそうなほど太い刀身は、大剣と呼ばれている。
》え?
》剣が飛んできた?
》というか、空から落ちてきた……
》狙いすましたように正確……
》だ、だから言っただろ……、さっきはわざと外したんだって……
》ホーミング機能でもついているんかい……
》とんでもねえな……、このハンター……
》いったい誰?
》だからさ、お前ら。向こうの配信を見てねえだろ。「私たちの力を見せつけてやりましょう」とか言ってたんだって。
》それが、これか?
》つまり、狙っていたってこと? まじか?
》狙ってやれるの? これ?
》できるんだろう? きっと
》無理だよ。それこそ規格外。
》規格外って……
》あれ? いるよね? 確か、ワールドランク1位。
》もしかして、ミラなんとか・モリモリ?
》ミランダ・モリスね
》この剣を投げたのってワールドランク1位の人なの?
》1位ならできるのかも?
》知らん。配信してないし、誰も顔を知らない。
》噂だとかなりの美人だと聞いているけれど?
》ブロンドの長い髪だって。黄金色。
》もしかして鎧が黄金で、それと勘違いしているかも?
》ああ、伝言ゲームでいつのまにか変わっちゃったってこと?
》向こうに金色の鎧を着ている女の子ハンターがいるよ。でも美人というより可愛い系
》確か神王装備とか言っていたね
》待って、ネットで検索したら恐ろしく高いねその装備
》それはたぶん過去の取引情報じゃないのかな? 今はいくら積んでも買えないと思うよ。1点ものだし。
》世界で唯一、ドラゴンを単独で倒した女の子。でもレベルは73ってあるんだけどな。ダンジョンWikiの情報だから、今はもっと上かもしれないけれど。
》もしかして、正体を隠しているんじゃない? ええと……ハルナっち? 日本の名前はわかりにくい。
》ハルナっちは愛称みたいだね。本名はツクシハルナ。
》その正体はワールドランク1位?
》ミランダ・モリスとツクシハルナは同一人物? ないでしょ。
》謎は深まるばかり
》とにかく、こちら側の人達は助かった。よかった。
》こちらは市民が7名、ハンターは2名が死亡。
》向こうは被害ゼロ。討伐15。おまけにこっちの1体も遠隔射撃。
》十分に力を見せつけられた。視聴者の俺たちもな。
》認めざるを得ないね




