第286話 圧倒的な強さのフライング・デビル
ハンターたちはフライング・デビルに対し、複数方向から攻撃を開始した。ハンターの生き残りは6人。密集した市民の間から攻撃を加え始めた。
ハンターは攻撃をヒットさせては市民の中に紛れ込む。そうしてフライング・デビルからの視界を切る。相手を見つけようとするフライング・デビルに対して、すかさず別の方向からの攻撃を行う。相手を混乱させながらの作戦だった。
》モンスターに知能があるといっても、人間ほどではないみたいだね
》自分を攻撃してきた相手を見つけようとそっちに注意が行く。それを利用して、別方向から攻撃を加える。
》モンスター側からしてみたら、武器も持っていない市民を先に殺してしまえばいいだけなんだけど、フライング・デビルはそこまで頭が回っていない
》こっちのリーダーにも頭のいい人間がいるってことか
作戦自体はよくできていた。ヒット&アウェイ。フライング・デビルは攻撃目標を定めることができない。少しずつでもダメージを蓄積し、相手のHPを削っていく。
もちろん褒められた作戦ではない。一般市民を盾にして戦うのだから。映像に映るのは、恐怖に怯えた市民の表情。配信はフライング・デビルの背後から撮影されており、戦うハンターの様子や怯える市民がよく映っていた。
》あの……。妙なことに気がついたんだけれど。
》なに?
》あまりダメージを与えられていないとか、そういうこと?
》いや……。そうじゃなくて……。
》なんだよ。さっさと言えよ。
》この映像。どうしてモンスターの背後側から撮影されているんだ?
》洞穴の外側に誰かがいるってこと? スマホを持って?
》だよな? そういうことになるよな?
》ライブ配信ってさ、結構技術が進んでいてAIを駆使しているのね。
》AIが作った映像ってこと?
》いや、そうじゃなくてさ。複数のスマホで撮影したとするよね。その場合、一番いい画角の映像をAIが選んでくれる。見やすいように補正もしてくれるの。
》だからって、モンスターの背後側にカメラがないと無理だよね?
》市民側からの映像も手動で見られるよ。
》それを早く言えって
私たちが見ているのは録画保存された動画だ。複数のカメラで撮影された映像はすべて記録されており、アーカイブであってもカメラの切り替えは可能だ。
市民側からの映像に切り替えてみる。
》洞穴の外に誰かがいるな……
》砂煙でよく見えない
》俺には人に見えないぞ
》人じゃないって、そんなわけ……
》白い「もじゃもじゃ」がいる。なんだ、あれ?
》なんじゃそれ
》なんか、どこかで見たことがある
》これって何だっけ? 着ぐるみ?
》それだ
》何の着ぐるみだ?
》耳が長く伸びている。ウサギみたいな耳。
》いや、まんま、ウサギだろ
はっきり見えているわけではない。ずんぐりむっくりとした白い体型。足は短く、白い毛が全身に生えている。短い後ろ足で二足歩行をする兎。
そんなのが何匹もいるわけがない。それは、スローラビット。本来なら、ダンジョンの低層にいるレベル1のモンスター。私が召喚したラビちゃんだ。
》着ぐるみを着たままゲートに入り込んだということかな
》そういうことにしておこうか
》今はそれどころじゃない。ハンターVSフライング・デビルの結果だ。どうなった?
》市民が何人か倒れた。殺されたかはわからないけど、数が減っている。
》犠牲を出しても、何人かが助かればいいという作戦なんだろ?
》でも、市民の数が減るってことはハンターが隠れられないということ。
》市民を犠牲にしての一斉攻撃。通用しなかったのか?
ハンターが斬りつけた時だった。ハンターの腕がフライング・デビルに掴まれてしまった。
「は、離せ!!」
逃れようとするハンターだったが、フライング・デビルは洞穴の壁へと走る。
ハンターを掴んだまま、まるでタオルでも振り回すかのように壁へ叩きつけた。
「ぐわっ!!」
ガンガン、ガンガン、と何度も繰り返す。
その間に他の5人のハンターは一斉に飛び出した。
フライング・デビルの翼を切り落とそうとするが、刃は通らない。体を突き刺そうとした剣も弾かれてしまう。
ハンターによる本気の攻撃がまったく通用していなかった。
フライング・デビルはハンターを掴んだまま、洞穴の入り口まで戻った。鋼鉄の鎧を身に着けたハンターを掘削道具の代わりに使い、入り口の壁や天井付近を壊し始めた。
入り口を半分ほど塞ぎ、掴んでいたハンターは外へと放り投げた。ハンターはすでに絶命していた。
またハンターの1人が殺され、残りは5人となった。入り口は狭くなり、逃げられる可能性が低くなった。
》誰だ、人間ほどの知能はないって言ったやつ
》しっかりと逃げ場を封じてきた
》しかも、とんでもない強さを見せつけてきた
》市民の被害は7人、生き残りは9人
》ハンターはすでに2人殺された
》逃げようとしてもあっさり殺されるだろうな。
》こちらの戦意を失わせようとしている?
》確実に全滅させるつもりか
》それだけの知能があるってことだ
配信画面にはニュース速報の映像がワイプで挟まれていた。右下に小さくテレビの画面が映っている。ミラノの街には人がおらず、戦車で溢れている。政府からは避難命令が出ていた。
》そんなことより、圧倒的なパワーじゃないのか? こんなのを外に出したらまずいだろ
》まずいなんてもんじゃない。街が壊滅する
》このモンスターが外に出たら大変なことになるぞ
》ミラノは現在、封鎖が始まっている。避難はだいぶ進んだ。
》イタリア政府は戦車を配備してゲートを包囲している。まだ途中だけど、すごい数の戦車。
》戦車でも無理じゃね?
》空もすごいことになっているよ。戦闘機が飛び交っている。うち、近くだけど、音がうるさい。
》1体でこれだけ手に負えない。全部で1480体いるんだろ? ミラノ以外にも被害が出るぞ
》問題なのは、こいつが飛べること。イタリア全土に広がる可能性も。
》ハンターたち、なんとかしてくれよ……頼むよ……
》俺の家族、どこにいるんだろう。ゲート内にいるんだよ……
》絶望的だね。こんなのが千以上もいるんだろ?
》空を飛んで世界中に広がったら、人類存亡の危機かもね
》楽観的なコメントだな
》まだ20時間あるし
》株価暴落中
》こんなんで世界恐慌が始まるのか?
》1体でもいい……誰か……誰か倒してくれ
》倒すことができるのだと証明してほしい。でも、不可能じゃね?
》こんなの、1体倒すだけでも奇跡だよ
洞穴の入り口は半分ほどが埋まっている。フライング・デビルは自らの能力を誇示するように、その場で飛び上がる。
素早く後方に宙返りをし、洞穴を離れる方向へ高速でステップを踏んだ。
ビュンと風切り音がする。今のうちに逃げろと言わんばかりに、洞穴から距離を取ったのだが、誰も動こうとはしない。逃げられないことは分かっているからだ。
フライング・デビルはその場所から地面を蹴る。地面の岩が割れ、飛び散った。小石が地面に落ちるより早く、一瞬で洞穴の入り口へと戻ってきた。
》こいつ……速さアピールか?
》モンスターが動きの速さと強さをアピールしております。ムカつくね;;
》調子に乗っている
》これで格下なんだろ? リーダーがいるんだよな?
》こいつらのリーダーともなると……。とんでもねえ強さなんじゃないのか?
絶望的だと思われた状況だったが、残った5人のハンターの中でリーダーらしき男が前に出た。
全身をスチール製の鎧で身を包んでいる。
落ち着き払った態度で、静かに歩み出た。
「俺もダンジョンハンターの端くれだ……。少しくらいはダメージを与えてから散ろうと思う。俺のくだらん作戦に付き合わせて悪かった。少しでも隙を作る。せめて戦っている間に、1人でもいいから、この場から逃げてくれ」
言葉の意味を理解したのだろうか。フライング・デビルは片腕を持ち上げ、手のひらを上にした。指先をくいくいと曲げ、かかってこいという仕草だった。
》モンスターが挑発してやがる……
》一騎打ちか
リーダーらしきハンターが剣を体の真横に構えた。膝を落とし、力を溜め込む。後ろ足で地面を蹴ると同時、
「うりゃああああああ!!!!!!」
叫びながらフライング・デビルへと突進し、袈裟斬りに剣を振り下ろした。
だが、そこにフライング・デビルの姿はなかった。
》き、消えた……?
》え? どこいった……?
》リーダーも状況がわかっていない
》撮影者が追いついていないんだ
》それだけ、フライング・デビルの動きが速いってことか……
フライング・デビルはハンターの右横にいた。鋭い爪をハンターに向けている。一瞬でハンターの横まで移動したフライング・デビルに、誰も視線が追いついていなかった。
ようやく状況を理解したハンターが右を見る。
ぼとり、と何かが落ちる音がした。
画面に腕が映る。腕が地面に落ちていた。
二の腕から切断された状態だった。
》うわあああ、またかよ。エグいのやめて……
》腕が落ちた
》冷静すぎんだろ!
》ごめん、俺は見ない。目、つぶってる
》俺も見たくない。もうやだ。見たくない。
》もう……やめてくれ……。
》またハンターに被害者が。
》御冥福を祈ります
多くの視聴者はハンターの腕だと思い込んでいた。冷静に見ていた視聴者が間違いを指摘する。
》違う、違う。そうじゃないって。
》落ちたのハンターの腕じゃない。
》フライング・デビルの腕だ……
切断された腕の切断面を、フライング・デビルは反対の腕で押さえている。何が起きたか分かっていない顔だった。地面には、1本のミスリルカッターが刺さっていた。
その時だった。無数の金属の刃が上空から大量に降り注いでくる。ミスリルカッターの雨だった。




