第285話 向こう側の映像
イタリア人のハンター側でも戦いは終わっていた。向こうでは1体のモンスターが現れた。何が起こっていたのかを、動画のアーカイブ機能で巻き戻して見ることにした。
◆ ◆ ◆
「おい!」
誰かが叫んだ直後、画面にモンスターの姿が映った。たった1体だ。
上空から洞穴の入り口に降りてきた。人間を見つけたから降りたというより、たまたま降り立ったところに人間がいたということのようだ。モンスターの側でも少し戸惑いを見せていたからだ。
なんらかの指令を受けて行動しているものと思われる。すぐに襲ってこなかったのは、人間を殺すなという命令ではないはずだ。パニックにさせるな、とか、散り散りに逃げるような状況にするな、などと推測できる。
だから洞穴にいることはモンスターにとって都合が良かった。そこにいた人たちに逃げる場所などないからだ。
「ぎゃー!!」と叫び声が聞こえた。
黒い肢体。巨大な羽。悪魔のような形相。
鋭い爪を持つ腕は男の胸を貫通していた。市民が1人、あっさりと殺された。
大量の血が吹き出し、その場はパニックに包まれる。
》おい、映像にモザイクはかからないのか!?
》これはダンジョン配信じゃないから
》でも、同じDungeonTubeでの配信じゃないか……
》おそらくシステム上では屋外だと認識されている。屋外でのモンスターとの戦闘は想定されていないんだよ
》DungeonTubeの運営によると、AIの設定変更中。で、じきに対応するとのこと
》ちょっと待てよ。配信が停止されるなんてことは?
》それはないだろう。配信を止めたことで被害が出たら、運営は責任を問われる
》じゃあ、とりあえず見続けることはできるのか。
男の胸を貫いたあと、モンスターは軽く腕を振るい、枯れ枝でも放り投げるかのようにどこかへ投げ捨てた。
洞穴は大変なことになっていた。入り口にはモンスターが立っている。市民は奥へと逃げようとするが、寿司詰め状態になり、パニックの悲鳴が鳴り止まない。
悲鳴を聞きつけて、他のモンスターが集まってくる可能性があった。
対応が急がれたが、7人のハンターは一番奥にいるようだった。
モンスターは、洞穴の奥へと逃げる市民にゆっくりと近づいていく。
》撮影を続けている人は勇敢だな。しっかりと映っている。
》死を覚悟している感じだよね。
》死ぬしかないのなら、記録だけでも残しておこう、ということか。
》モンスターは一気に襲ってこないね。力の差があるから、簡単に全滅させられそうなのだけど。
》おそらくはリーダーがいて、命令が出されているんだろうね。だから、慎重になっているのかも。
》ところで、「モンスター」って呼ぶの、面倒じゃない? 名前はないの?
》ダンジョンと違って、デバイスが命名していないんだよ。
》悪魔みたいな顔で、空を飛ぶから「フライング・デビル」と呼ぼうよ。
》略してFD?
》別に略さなくてもいい
》お前ら、人が死んでるんだぞ。
》だって、リアルだという実感はないもの。みんなはリビングにいるんだ
》俺は今、ダンジョンにいるけどな。日本で見ている。
》日本人?
》いや、イタリア人だよ
》だから。みんな。真剣に。
》そんなこと言われても、俺らができることは何もない。
》うわあ! 2人目が殺されたぞ! フライング・デビルが動いた!
誰かが名付けた名称。フライング・デビルが定着していた。
フライング・デビルは2人目を爪で切り裂き、ゆっくりと洞穴の奥へと進む。
余裕を見せながら、次のターゲットを見定めていた。
ぎっしりと詰まった市民の間から剣先が伸びた。刃がフライング・デビルの腕をかすめ、「ガリガリガリ」と嫌な音を立てた。
》市民の間から攻撃した!
》これを狙っていた?
》ハンターたち、市民に紛れながら攻撃するつもりなのか?
》あ、フライング・デビルのやつ、手当たり次第に切りつけ始めた
》ハンター側の応戦も始まってる
「撮影は禁止だと言っただろう!」
ハンターのうち、誰かが叫んだ。だが、フライング・デビルへの対応で撮影者を止める暇なんてなかった。
何人かがまた殺された。ハンターたちは犠牲を出しながら、フライング・デビルに攻撃を加える。
見えない場所からの攻撃。どこから攻撃されているのかわかっていないフライング・デビルは闇雲に目の前の人間を殺していく。
「うりゃあ!」
叫びながらハンターが飛んだ。前にいる市民を飛び越え、剣を逆手に持ち、垂直に立てていた。頭上からフライング・デビルの頭を突き刺そうとしたその剣だが、あまりにも頭が硬かったため、弾かれてしまい、そのまま洞穴の入り口方向へ転がった。
ハンターはそのままごろごろと転がる。転がり続ける。
》全然、刃が立たない
》金属同士がぶつかるような音がしたぞ
》弾かれたハンター、大丈夫かな?
》地面に落ちたぞ
》入り口あたりにな
》やたら転がっていたよ
》ああ、ごろごろと
》ごろごろ、ごろごろ……
》ごろごろって、え? 転がりすぎじゃない?
》あれ……、わざとだろ……
だいぶ転がったハンターは、入り口を出たあたりですくっと立ち上がる。そのまま勢いよく走り出した。
》逃げた
》逃げ出したぞ
フライング・デビルにコメントが伝わっていたわけではない。だが、まるでコメントに反応したかのように、逃げ出そうとするハンターを目ざとく見つけていた。
その場から、フライング・デビルは背面跳びのように軽く飛び、翼の力を使って水平飛行した。そして、逃げたハンターの目の前へと降り立った。
相手は、たった1人であっても逃がすつもりはないらしい。ハンターは怯えた顔を見せる。
フライング・デビルはにやりと口角を上げ、ハンターの利き腕を手首から握った。そのまま力を込め、絞るように握りしめる。手首はちぎれ、血が吹き出した。
「ぎゃあーーーー!!」
甲高い叫び声とともに、ハンターの手首から先は剣とともに落ちる。フライング・デビルは器用に剣を蹴り上げ、くるくると回転しながら落下してきた刀身を素手で掴み、ハンターの脳天へと突き立てた。
ハンターは兜を被っていたが、剣は頭を貫通してしまう。フライング・デビルはそのまま力を込め、剣先が顎から覗いた。
ハンターの目玉は飛び出さんばかりに見開かれていた。舌を大きく伸ばした状態で絶命していた。
》えぐい……
》モザイクはよ……
》完全に遊んでいるよな、このモンスター
》余裕ありすぎる
》まったく相手になっていない
》他のハンターはどうした?
》あと6人いるんだろ? 戦えよ
》市民の後ろに隠れてるんだろ
》このハンターが逃走に失敗したから、どうやって逃げようかと考えているはず
》逃がしてくれないだろ
》フライング・デビルって強さでいったらどのくらいなの?
》ネット情報だけど、ハンターのレベルが85は必要だって
》それはパーティを組んだ状態での話。単独での話ではない
》正確には、レベル85前後・パーティメンバー15〜20人が攻略水準。地下172階がそのままゲートとして出現した場合の話ね。
》それってかなりやべえな
》あくまでも、1体に対してってことだろ……
》なんか、向こうの映像がすごいことになってる
》今は見る暇ない。こっちのが面白い……じゃなかった、気になるだろ
》いや、見てみろって……
》いいよ、あとでアーカイブで見ればいいし。
》だから、見ろ。あっちは15体を相手にするとか言い出してる。
》嘘おつ
》どこでそんな言葉覚えたんだ?
》日本の掲示板
》とにかく、見てみろって
》どうせ口先だけだろ。
》おい、こっち見てたほうがいいって。ハンターたちが動いたぞ。




