第282話 2つのグループ
ライブ配信をしていた女性はあちらのグループへ移っていた。私たちはその映像を見ている。
『――えー、みなさん。私はこっちに来ちゃいました。だって、こちらのほうが人数も多いし、強そうでしたから』
『静かにしろ』
男性ハンターの声が配信に乗った。配信者は声を潜めながら実況を続ける。
首をすくめる女性が画面に映る。
『怒られちゃいましたので、声のボリュームを下げてお届けしますね。さて、こちらのグループですが、人数が減ったことで近くにいることを許されています。どうやら目的地があるようです。ついていきます』
》ずいぶん呑気な配信だな
》緊迫感がない
》案外、楽に生き残れるんじゃない?
》まあ、逃げ回ればいいっぽいしな
》ちょっと待て、お前ら。それってフラグってやつじゃないのか?
》死亡フラグ?
私たちの側であるこちらのグループは、また別の者が撮影していた。男性の撮影者だ。
『俺はこちらに残りました。あ、女性が綺麗だったとか、そういうことじゃないですよ。あの学生さんたち、なんか見たことがあるような気がしていて。俺の勘がこっちに残れって言ってたんスよ』
》なぜに2つのグループで別々に行動?
》いっしょにいたほうがいいんじゃないのか?
》イタリア人ハンターたちが言ったんだよ。別行動だって
》あまり大所帯になるとやりにくいってことかな
》どうなんだろ?
画面には向こう側のグループの様子が映り続けている。7人のハンターのすぐ後ろを市民がぞろぞろとついていっていた。
『どうやら洞穴を見つけたようですね。あまり広くはありません。グループを分けたのは、おそらく全員は入り切らないからでしょう。こちらに来て正解だったようです』
ハンターが1人、配信者にすっと近寄った。
『いいから静かにしろ。配信を切れ。ここは俺たちが見つけたんだ。やつらもこっちに来たらまずい。もう定員オーバーだ』
画面には撮影を邪魔するように、男の手が映った。
女性は配信を切ったふりをし、こっそりと撮影を続けていた。映像には地面だけが映っている。
声のボリュームを限界まで下げて、実況は続いていた。
『ハンターたちが洞穴へ先に入りましたね。私たちは16人。入口付近にぎゅうぎゅうの状態です』
足元と地面が映っている。周囲の様子まではわからない。
》洞穴に隠れてやりすごす作戦のようだ
》でも、ハンターが奥にいる
》普通は逆じゃない?
》これじゃあ、モンスターが襲ってきたら対応ができないじゃないか
》入口に市民を配置したのは人の壁を作るためだろう
》こいつら最悪
》今からでも、向こうのグループに行ったほうがいいよ
》いや、こっちで隠れていたほうがいい。モンスターに見つかりさえしなければいいのだから
ハンターたちは市民に指示を出したようで、何人かがその場から離れた。用心しながら枝や草を集めさせたらしい。それで入口をカモフラージュするようだ。
やがて、市民の前には草と枝の壁ができた。
『みなさん、とりあえず枯れ草や枯れ枝をかき集めて、目隠しのようなものはできました。砂煙で視界が悪いので、遠くからはわからないでしょう。近くに来ると見つかってしまいますが……』
こちら側にいた市民たちは呟いていた。「俺たちも安全地帯を探そう」、「隠れる場所を探そう」、あるいは「あっちに行けばよかった」などと言う者もいた。
もりもりさんは配信を見ながら、渋い顔をしている。
「市民を洞穴の中に避難させ、自分たちは入口で戦うのが正しいやり方なのでしょうが……」
私も同じように思い、頷く。
「これでは退路が絶たれているだけです。完全に悪手です」
「あちらの方も私たちの配信を見ているはずです。まずは私たちが戦うところを見てもらいましょう。話はそれからですね」
私ともりもりさん、そして春日井君はライブ配信を見ていたが、湊ちゃんはアーカイブを早回しで見ていたようだ。
アーカイブとは、それまでのライブ配信をあとから見直せるように保存された動画のことだ。
「みんな、聞いて。これまでの動画を見返してみて、わかったことがある」
私たちは湊ちゃんに注目する。
湊ちゃんはスマホを操作し、自分の言葉をイタリア語に翻訳してスピーカーから流せるようにした。
「モンスターからの攻撃は周期的にやってくる。それと、ゲートに入ってしまった人たちは中央へ、中央へと誘導されている。ゲート内のマップ情報が広がっていかないのもそのため」
湊ちゃんの言うように、エリア内で不規則に移動していれば地図情報が更新され、解明された範囲が広がっていくはずだった。
解析されたエリアは狭く、その範囲はエリアの中心に多く集まっていた。
「おそらく、私たちがいる場所を囲むようにモンスターが配置されていると思う。その包囲網を少しずつ縮めているはず」
「魚を取る地引網みたいだな」
春日井君がつぶやいた。
「うん。最終的には一斉に襲ってくる。私たちを中央に集めたらね」
「どうしたらいいんだ? わかっていても、どうしようもない」
「そうでもないよ。敵の襲撃時刻がおおよそわかるんだから。そして、安全なのは中央付近。市民の方には中央へ向かってもらう。私たちは敵を殲滅する。1,480体すべてを倒すつもりで行く」
湊ちゃんは同意を得るように、もりもりさんの顔を見た。もりもりさんは真剣な顔で湊ちゃんを見返していた。
「私は時間まで、みなさんといっしょに逃げるつもりでいました。ですが、全部倒そうというのですね? クエスト達成を目指すと」
「はい。全員の力を結集して挑みます。もちろん、ラビちゃんも」
現在、ラビちゃんは行方不明だ。私は春日井君といっしょに苦笑してしまう。
「わかりました。春菜さんと春日井さんは? どうですか?」
同意を求められ、2人で頷く。湊ちゃんを信頼しているからだ。
「あとは市民の方々ですね。どうでしょうか?」
もりもりさんが見回すと、子どもを抱いた母親が言った。
「今、夫からメッセージが届きました」
ここ、アビスゲートは外部とのやりとりができる。通話もできるし、メッセージも届く。
「ネットでは有名な方なのですね。筑紫春菜さん、そしてそのご友人。夫からは、あなたたちについていきなさい、従いなさい、とのことでした。よろしくお願いします」
母親の言葉は自動翻訳され、この場にいる他の者にも届いた。ネットで検索を始めた者もいる。それでもイタリアの情報が主体になるわけで、私たちのことを理解した様子ではなかった。
ただ、空気は変わっていた。
こちらのグループに残ったこと。
それが自分たちの運命を分ける分岐点だったと、どこかで感じているようだった。




