第281話 嵐の前の静けさ
もりもりさんにしては珍しく、勝ち気な発言だった。兜とスカーフの間からは、もりもりさんの目だけが見えている。
》力を見せつけるとか言っていたぞ
》この顔を隠している女、生意気だな
》本当にハンター?
》口だけじゃなく実力を見せてもらわないとな
》そんなことより、今は危険が迫っているんだよ。どうでもいい
》死人もたくさん出ている
》視界が悪いからたまたま襲われていないけれど、風が吹いて砂嵐が途切れたりしたら……
「タブさん、どうしたらいい? こういう時こそ頭を使ってよ」
配信画面がタブレットに映っている。その画面をコンコンと叩いた。
『我はもりもりの発言を支持する。余計な争いをしている時間はないのだ。いずれこの世を統括するマスター、その候補としてふさわしい発言だ。マスターとしての威を示すのだ』
「もう……。本当にそれでいいのかな……」
『今は嵐の前の静けさだ。制限時間が迫ったらモンスターたちは総攻撃を仕掛けてくる。そうしたら一般市民は助からない。せいぜい数人のハンターが生き残れるかどうかだ』
「私のダンジョンを召喚して、みんなを奥多摩に転送しよう」
『無理だ。人数が多すぎる。それにモンスターがそれを許さないだろう。何度も召喚しているうちに被害者が出る』
「じゃあ、どうしたら……」
『だから、この場を統率するのだ。威厳を持って』
私はタブレットから顔を上げる。
「湊と春日井君はどう思う?」
「俺の考えを伝えていいか?」
春日井君はミスリルの兜をしっかりと被り直し、武器として持っているオリハルコンソードの柄に触れる。
「あの7人のハンターたちと協力するには、信頼関係を築くしかない。でも、そんな時間はない。だから俺も、もりもりさんのやり方でいいと思う」
「私も。市民も半分以上は向こうへ行ってしまったし。でも、けっこうこちら側にも残ってくれてるね」
湊ちゃんはいつでも対応できるようにエンジェル・ボウを手にしていた。ピンク色に光る長弓には見事な装飾が施されている。全身が青く光る装備に、ピンクの弓が映えていた。
》こちら側に残った人がいるね。10人くらい?
》まあ、向こうのハンターたちはモンスターを倒せてなかったから
》こっちのお子様軍団だって倒せる見込みはないけれど?
》それでも、装備を見て残ったんじゃない?
》見た目は強そうだよな。装備が。
》デコ装備か。それとも本物か。
》期待というか、希望があるから残ったんだと思うよ
》がっかりさせられなきゃいいが
》俺たちは安全な場所で配信を見てるけど、ゲート内にいる人は本当に命がかかっている
》本能的に強い側につかないといけない。俺なら向こうへ行ったけどな
》そう? 私はこっち
》強そうな雰囲気はまったくないのだけど、なんだろう? 目が離せない? 見ていたい? そんな感じ
》やられるところが見たいってこと?
》それもあるかも
配信のコメントはどれも人ごとだった。ニュースを見ながら家でつぶやくような気持ちで書き込んでいるのだろう。
コメントは次々と流れていくから、気にするようなことではない。それにまだ、このゲートの本当の恐ろしさを知らない。
ダンジョンの地下172階が切り取られているのであれば、被害はこんなものでは済まない。モンスターはまだその強さを見せていなかった。
子どもを抱いた母親もこちら側に残っていた。
「もう何人も死んだところを見てきました。今さら簡単に助かるとは思っていません。でも、私はあなたたちのほうが信用できるような気がしているんです」
「亡くなった方は、グループから離れたときに殺されていませんでしたか?」
冷静に聞くもりもりさんに、母親は少し驚いた顔を見せた。
「は、はい……。言われてみたら、そうです」
「そうして散り散りにならないようにしているんです」
母親は一瞬、言葉が出なかった。
「え……。モンスターが? そんな知性があるのですか……?」
「だから、本当に助かりたいのであれば、全員が一斉にバラバラに逃げることです。そうすれば多くの犠牲は出るものの、数人は生き残れる。でも、それは私たちの望むところではありません」
「助かる見込みはあるのでしょうか……」
「モンスターは人間を狩っているつもりなのでしょう。人間を集め、最後には数の力で包囲してくるはずです」
「じゃあ、どのみち……。私たちは……」
「モンスター側の誤算は、私たちのような強者の存在を想定していないことです。これまで、人間に攻撃を加えながらハンターたちの強さを測っていたはずです。自分たちを倒せるハンターはいない、そう思っている」
「倒せるの……でしょうか……?」
母親は抱いている子どもをぎゅっと抱きしめる。だが、子どもには怯える様子も不安がる様子もなかった。無邪気にもりもりさんに向かって手を振っていた。
もりもりさんも子どもに向かって手を振り返す。スカーフで口元は見えないが、緩んでいることは分かった。
「もちろんですよ」
優しく子どもと接するもりもりさんだが、警戒を怠っていないことは伝わってくる。緊張感だけは緩ませていないからだ。
ダンジョンタブレットには向こう側のグループの配信が映っていた。




