第275話 生きていたお兄ちゃん
「本当に本当の、春菜のお兄さんなのですか?」
湊ちゃんがお兄ちゃんの顔を見上げながら聞いていた。
「もちろんだよ。君は春菜の友だちだよね。さっきは叩いてごめんね」
お兄ちゃんは優しい笑顔で湊ちゃんを見る。
湊ちゃんはふるふると首を振る。
「いいえ。すごい音がしたので、反射的に痛いと言ってしまいましたが、まったく痛くありませんでした。平気です」
横にいる春日井君は、お兄ちゃんの姿を見ながら小さな声で呟いていた。
「筑紫の兄さん、生きてたのか……」
そしてお兄ちゃんはちょっと厳しい目つきに変わり、口調を強めた。
「それで、俺の墓を作ったのはいったいどういう遊びなんだ?」
睨みを効かせてくるお兄ちゃんに、私は思わず目を逸らしてしまう。
「いや、本当に死んだと思ったんだって――」
「俺が死んだと判断した理由はなんなんだ?」
「殺されたんだよ。猿が。ハンターに」
お兄ちゃんは少しだけ考え込み、私に聞き返してきた。
「俺と猿にどんな関係が?」
「お兄ちゃんが猿だと思って」
しばらく首を傾げていたが、お兄ちゃんはようやく理解したようだった。
「はあ……。そういうことか。なんとなくわかった。俺が猿にされてしまったと勘違いし、お前たちは命がけでボスに挑んだ。俺を助けるために。そういうわけなんだな?」
「うん」
私はすねるように唇を尖らせながら答えた。
お兄ちゃんは途方に暮れたように天を仰ぎながら言葉を漏らす。
「これは――。俺のためにありがとうと言うべきか……。馬鹿な勘違いで命をかけるんじゃねえ、と叱るべきか……」
「へへへ……」
私はいたずらを叱られているように笑いながら、目からは涙がぽろりと落ちた。一滴、二滴と続けて落ちる。
お兄ちゃんが生きていてくれて本当によかった。
お兄ちゃんには死んでほしくない。次に同じようなことがあっても、私はきっと同じ選択をするだろう。
もはや叱ることができないと思ったようで、お兄ちゃんは優しい顔に戻っていた。
「俺のためにありがとうな」
「うん」
兜の上から、がしゃがしゃと撫でてくる。お兄ちゃんは湊ちゃんの方へと顔を向けた。
「春菜の友だちも。ありがとうな」
そのあと春日井君へも顔を向ける。
「君は春菜の彼氏か?」
お兄ちゃんからそう問われ、春日井君は固まったように直立した。腕を体の横に置き、ピンとマッチ棒のように立った。
「い、いや。違います! 筑紫とは隣の席で、友だちです」
その姿はまるで上官から尋問でも受けているかのようだった。
「そうか。君もありがとう」
「い、いいえ! 生きていて俺も本当によかったです」
いつも以上に、ハキハキと答えていた。
春日井君の反応を見ていて、私は泣き笑いを浮かべてしまった。
私は1人で現れたお兄ちゃんのことが気になった。もりもりさんかミランダさんといっしょに行動していると思っていたからだ。
「それで、お兄ちゃんは1人なの?」
「あ、そうだ。実はな、ミランダとはぐれたんだ。この階層までは間違いなくいっしょにいた。春菜を探すために別行動を取ったらDPSの信号が急に途切れたんだ」
それはまるでラビちゃんと同じだった。やはり、この階層では何かおかしなことが起こっている。
先を歩いていた大統領たちに追いついた。大統領はお兄ちゃんを目にするとすぐに声をかけてきた。
「筑紫冬夜さんですね。存じております。ミランダさんといっしょに行動していると思ったのですが」
大統領に問われ、お兄ちゃんはばつが悪そうに頭を掻いた。
「はい、それが……。春菜にも話したのですが、はぐれてしまいまして……」
「そうですか……。まずいですね……」
単にはぐれただけなのに、大統領の顔色は曇っていた。横にいるエリ先生に声をかけた。
「急ぎましょうか。やはり、異変が起きてしまっているようです」
「はい、大統領」
大統領とエリ先生の歩みが速まった。私たちも遅れないように急いであとをついて行った。




