第269話 冬夜の墓
筑紫春菜は兄の墓を作り、墓前で手を合わせた。
兄の弔い合戦だと心に決め、地下171階へと降り始めたその頃、筑紫冬夜とミランダは妹の姿を探していた。
「ジャングルの崩壊が始まりました。春菜さんがやってくれたのですね」
「ああ、あいつがボスを倒したようだ」
「それにしても、あの猿はまったく役に立ちませんでしたね。監視カメラの映像にも春菜さんが映ることはほとんどありませんでした」
「役に立ったのはあの時だけだな。ボスを攻撃してしまい、呪いの反撃を受けた時だ」
「あれは危なかったですね。とっさに助けに入ってしまいました」
「春菜が彼らを奥多摩に飛ばせば、それで終わったんだ」
「でも、それでは春菜さんだけがここに残されてしまいます」
「1人きりじゃないだろう。俺たちもいるし、ミリアもいるんだ」
「そうですけど……。あれは冬夜さんの誤算ですよね? 春菜さんがボス討伐に固執するとは思っていなかったから」
筑紫冬夜は気まずそうに頭をかく。
「いやぁ……。ボスを討伐しなければならない理由なんてないはずだからな。確かに民間組織のハンターたちを助けるという目的はあったかもしれない。だが、先に大統領の助けを請うのが普通だろう」
「そうなんですよね……。私もそこが引っかかっていて。例えば、大事な人が猿にされてしまった――とかならわかるのですが」
「まあ、俺が猿にされていたら、春菜は命をかけて助けようとしてくれるかもな」
「お兄ちゃんっ子ですからねえ。春菜さんは」
ミランダはくすくすと笑う。冬夜は視線をそらし、憮然とした表情だ。
「まあいい。ミランダが姿を見せた時点で、俺がいることはバレているだろう。春菜を探して合流しようか」
「はい。ですが、ジャングルの崩壊のせいで視界が悪いです。猿につけたメガネ型のカメラもDPSも壊れてしまったようです。見つけるのに時間がかかりそうですね……」
天井を這っていたたくさんの枝はポリゴンの粒子に変わりながら、ぱらぱらと降り注いでいた。地面に落ちる前に、ポリゴンは光の粒となり消えていく。
その幻想的な光景の中で、白銀装備の2人組は春菜を探して歩き続けた。やがて、春菜が兄の墓標を立てた地点へとたどり着く。
「あれはなんでしょう?」
ミランダが前方を指しながら問いかけた。
「墓のようだな」
「誰かが亡くなったのでしょうか? きっとそうですね。ハンターに被害者が出てしまったのかもしれません」
「春菜に関係する人物じゃないといいが」
冬夜とミランダは墓のすぐそばまで歩いていく。そこは大きく土が盛られ、墓標の代わりに木片が立てられていた。木片には亡くなった者を追悼する言葉が彫られていた。それを読んで、冬夜はごくりと喉を鳴らす。
【――筑紫冬夜、この地に眠る――】
しばらく2人は言葉が出なかった。
少しして最初に口を開いたのは冬夜だった。
「誰だ……。このたちの悪いいたずらをしたのは。まさか、本当に俺が死んだとか思っていないよな? あれか? 呪いが発動した時、俺は行かずにミランダだけが顔を出した――」
「それで冬夜さんが亡くなっていたと思ってしまった……? まさか。そんなわけないですよ」
「だよな……。そこまで馬鹿な妹じゃない……」
「そうですよ。さすがに、そこまでではないですよ。まあ、少し鈍感なところはありますけれど」
「そうだな。あいつは、もりもりの正体にも気がついていないしな」
「ですねぇ。私のことはいつ春菜さんに紹介してくれるのですか? 春菜さんに、まだ結婚の許しを貰えていないんです」
「別にあいつの許しなんていらないだろう。結婚は俺たちの問題だ」
「そうはいきませんよ。春菜さんに認めてもらわないと、私は冬夜さんと結婚できません」
冬夜は後頭部に手を当て、髪をかきむしる。
「まいったな。わかったよ。そのうちな。今はとにかく春菜と合流しよう」
ミランダは冬夜の墓に目を向けた。
「それで、このお墓なんですけど。なんか、あまり気分がよくないですよね。どうします?」
「とりあえず、この木片は真っ二つにしておく。犯人を見つけたらゲンコツだ」
冬夜は木片を引き抜き、膝で割った。そのまま割れた木片を放り投げる。
「ゲンコツだけとは、軽い罰ですねえ」
「春菜が犯人の可能性があるからな」
「その可能性は何%ですか?」
「33%」
「お友だちと3人でしたからね。3分の1ですね」
「あの3人の中に犯人がいると決めつけるのもよくないな」
「でも……まあ……。あの3人の中で誰が一番犯人の可能性があるかと言ったら……」
「そりゃあ……」
「春菜さん――」「春菜――」
ミランダと冬夜の声がシンクロした。
――その頃、地下171階へ降りる階段で……
「へっくし!」
筑紫春菜は盛大にくしゃみをしていた。
「どうしたの? 風邪? それとも誰かが噂していたかな?」
南波湊はいたずらっぽく問う。
「天国のお兄ちゃんが、私の名前を呼んだのかも」
その言葉に、湊はうつむいてしまった。
「ごめん、春菜はお兄さんを亡くしたばかりなんだよね……」
「いいよ、いいよ。今は気にしない。それよりも、エリ先生とミリアと合流しなきゃね。上で見当たらなかったから、先に降りているはず」
「そうだね。まずは合流。それからだね」
会話を続けながら、階段を降りていった。




