第268話 あやうく最終回になるところだった
お兄ちゃんを助けるために、決死で挑んだボス戦だった。
助けることはできず、悲劇的な結果で終わってしまった。
猿の死体はぴくりとも動かない。
「え? 俺……。何か悪いことしたか……?」
ハンターは日本語で話しかけてきた。このハンターはアメリカ人なのだろう。ごつい体格をしていて、重厚な装備を身に着けている。手にしている剣には猿の真っ赤な血が付着していた。
猿におしっこをかけられ、逆上して殺してしまったのだ。それは仕方のないことかもしれない。だが、猿は猿ではない。猿はお兄ちゃんだ。お兄ちゃんが猿なのだ。そのお兄ちゃんが死んでしまったのだ。
このハンターには、お兄ちゃんを殺してしまったという事実を知らせないほうがいいかもしれない。
しかし、私や湊ちゃん、春日井君の異常な様子はハンターにも伝わっているのだろう。ハンターは仲間のところへ行くこともなく、その場に立って私たちを見ていたが、やはりここには居づらかったようだ。
「悪い。俺は仲間のところへ行くな……。なんだか、ここにいられるような空気じゃねえもんで……」
そう言ってハンターはこの場を離れた。
湊ちゃんと春日井君と私の3人になる。
私はどうしたらいいのだろう?
猿になったお兄ちゃんがダンジョンの奥深くで死んだ。人間の姿に戻ることもなく死んだお兄ちゃんは、この地に埋葬されることだろう。ロサンゼルス・ダンジョン、地下170階。ここにお兄ちゃんの墓標が立つことになる。
これが物語だとしたら、救いようのないバッドエンドだ。
私の物語はまだ続くはずだった。お兄ちゃんを助けるために、討伐不可能と思われるイビル・プラントに挑み、勝利して大統領のもとへと向かうはずだった。
ボスには勝利したものの、本来の目的であるお兄ちゃんを助けることができなかった。私はもうこれ以上、冒険を続けることはできない。
私はもっと冒険が続くと思っていた。いつか、私の冒険を記録に残そうと思っていた。中学校を卒業するまでには、『小説家になろう』でWeb小説を書こうと考えていた。それはダンジョンでの体験を元にした小説だ。
タイトルはこんな感じだ。
『筑紫春菜の大冒険。 ~ 美少女中学生がはじめてのダンジョン配信。そんで、いきなりドラゴンを倒してバズっちゃうもんね٩(♡ε♡ )۶』
実話を元にしているのだから、面白くないはずがない。ダンジョンが出現してから25年。人類はモンスターと戦ってきた。これはフィクションではなく、現実だ。実際に私は命をかけて冒険をしてきた。
ずっと温めてきた私の小説。
そのタイトル。
『筑紫春菜の大冒険。』
略して『つくぼう』。
『つくぼう』は、きっと面白いはずだから、書籍化してアニメ化して大ヒットすると思っていた。
だけど、私の冒険はここで終わる。お兄ちゃんの死で、幕を閉じることになる。
世界を救うこともなく、謎を解明することもなく、唐突に身内の死で終わってしまうのだ。こんなバッドエンドなんて、糞評価のゴミ小説だ。誰も読んでくれない小説。いきなり重要人物を殺してしまって、打ち切り完結にしてしまう。そんな展開だ。
私が悲壮感に浸っていると、タブレットから音声が流れた。
『主よ。あそこの階段から下に降りることができる。地下171階へ降りるのだ。大統領が待っている』
「タブさん! タブさんは冷静で残酷だね! お兄ちゃんが! お兄ちゃんが死んじゃったんだよ! ほら、あの猿の死体が見えないの!?」
『…………』
「ほら、ちゃんと見てよ!」
私は声を荒げながら、タブレットを叩いた。少し遅れて、タブレットから音声が流れた。
『主の兄は……猿……なのか……?』
AIにしては珍しく、戸惑いを含む返答だった。
「そうだよ! 猿だよ! 猿がお兄ちゃんなんだよ! お兄ちゃんが猿なんだよ! お兄ちゃんが死んじゃったんだよ!!」
私はボロボロと涙を落としながら、タブレットを激しく叩く。
湊ちゃんは私に寄り添うように抱き寄せてくれる。
「タブさんの言葉には血が通っていないよね。そんなタブレットは電源を落としちゃいなよ。春菜の気持ち、全然わかってない。これだからAIは……」
春日井君はいつの間にか死んだ猿の近くに行き、穴を掘り始めていた。
「AIに感情なんてないんだろう。身内も兄弟もいないんだからな。それよりも、猿の墓を作ってやろう。このままじゃあまりにも可哀そうだよ。筑紫の兄さんが……」
春日井君はミスリル装備を身に着けている。手には金属製のミスリルグローブをはめていた。グローブを汚しながら土を掘っていく。
「私も手伝う。神王スキル、大鬼の小手! 発動!」
湊ちゃんはスキルを使い、神王のグローブを鬼のような鋭い爪先に変える。モグラのごとく、湊ちゃんは勢いよく穴を掘り始めた。
気落ちしている私も穴を掘るが、わずかしか掘れなかった。2人のお陰ですぐに猿を埋められるだけの穴が掘れた。
猿を埋め、土を盛り、ジャングルに落ちていた木片を拾って墓標を立てる。
【――筑紫冬夜、この地に眠る――】
【――享年25歳 ワールドランク2位の偉業を達成 ハンターにおしっこをかけてしまい、絶命す――】
3人で墓標の前で手を合わせた。
湊ちゃんが静かに口を開いた。
「ねえ、春菜。172階の現象。大統領からの依頼。それってきっと〝A〟が関係していると思う。ここで終わらせようとか思っていないよね? 地下172階へ行こう。お兄さんの弔い合戦だよ」
冒険を終わらせようと思っていた私の心を湊ちゃんは見抜いていた。
湊ちゃんの言葉がなかったら、冒険は終わっていた。
あやうく最終回を迎えるところだった私の冒険は、まだもう少しだけ続くことになる。




