第266話 決着
「おい、あれを見ろ!」
春日井君が叫んだ。
今の私たちはとんでもない格好をしていた。
3人とも重厚な鎧を身に着けている。そのうえで、春日井君が私と湊ちゃんを抱えることになっていた。だが、鎧の重さもあって、1人で抱えるのは大変だ。だから、湊ちゃんはしがみつくように足で春日井君の胴体を挟んでいる。そして、私も同じようにしがみついていた。
まるで子どもが親に抱っこされ、振り落とされないように足でしがみついているようなものだった。まだ鎧越しだからいい。お互いに感触は伝わらない。だが、絶対にクラスメイトには見せられない恥ずかしい姿をしている。中学二年生の女子2人が、男子を足で挟んで絡みついているのだから。
そして、春日井君は叫びながら、その方向を指さしていた。だが、『あれを見ろ』の『あれ』に顔を向けるのは困難だ。なにせ春日井君とは逆向きだったのだから。
「筑紫のお兄さんが!!」
振り向かなくても、状況は想像できる。
猿にされた兄が木にぶら下がっているのだろう。
なんとか首をひねり、中央の大木へ顔を向けると、予想通り、猿が一匹逆さまにぶら下がっていた。
尻尾を枝に絡ませ、体を揺らしている。顔にはメガネ。手首には腕時計。
間違いなくあの猿だった。
「お兄ちゃん……」
私は掠れる声を絞り出した。つらい、首がつらい。無理に後ろを向いているので、首がきつかった。
「俺たちはあそこまで行けない。距離が近すぎる」
そう。木に近づくことはできなかった。猿の救助に向かうことはできない。
湊ちゃんが大きな声で叫んだ。
「春菜のお兄さん~~!! こっちに逃げてきて~~!」
湊ちゃんの叫びも虚しく、猿はこちらにお尻を向けて、自分の手で叩く。私たちを小馬鹿にする仕草だ。
あの猿には、もうお兄ちゃんの意識は残っていないのだ。元の姿に戻すことはできるのだろうか? 戻ったとして、私のことを覚えているのだろうか?
私は2人に顔を向ける。
「湊、春日井君。聞いて」
私が冷静にそう言うと、2人は無言で頷いた。
「今から2人の呪いを断ち切る。そして、一気にボスとの距離を詰める」
一瞬、2人の表情には驚きがあった。だが疑うことも反論することもなく、ただ頷きだけを返してくれた。
「苦しいかもしれないけど、少しだから我慢して。いくよ?」
湊ちゃんの目が開いた。春日井君は歯を食いしばった。
私は2人の胸から手を離し、連続召喚を停止する。
息ができなくなって苦しいはずなのに、2人とも顔色一つ変えることはない。
私を信じているのだ。
春日井君に抱えられていた状態から、地面に降り立った。金属化した手を20cmほどあけ、磁力を極限まで拡大させる。
「うりゃああーーーー!! どうだぁぁぁーーー!!」
手と手の間から見えている景色が歪む。それは空間の断絶――
バッキーーーン、と金属が破裂する音がした。
湊ちゃんと春日井君の首には見えない首輪があった。それは鎖でイビル・プラントへとつながっていた。
私は極限を超えた磁力で空間ごと断絶して、それを切断した。
不可視な上に触ることすらできないはずだった。だが、この空間に確かにそれはある。私は空間ごとそれを断ち切った。
湊ちゃんの絞り出す声が聞こえた。
「春菜! ダンジョンリゾルブ完了!!」
「よし!」
まさに絶好のタイミングだった。
『討伐確率:82.4%』
タブさんが告げてくる。
本来なら倒すことのできない相手だった。〝A〟はイビル・プラントの本体と精霊を切り離していたからだ。〝A〟はモンスターの構造をハッキングし、改変していた。湊ちゃんのリゾルブはそれを正常な状態へと戻した。
ダンジョン内に不気味な声が轟きわたる。
――きさまらの原始的な技術で邪魔されるとはな……しかし、無駄なことよ……
〝A〟の声に間違いなかった。
「春菜! 急いで! またハッキングされる!」
私はミスリルの大剣を鞘から引き抜く。
「春菜! お願い! イビル・プラントを倒して! 時間がない!」
呪いは消えたが、湊ちゃんは両脚で春日井君を挟み込んだままだった。春日井君に抱きついた状態で叫んでいた。
「大丈夫! 一気にけりをつける!」
私はミスリルの大剣を水平に構え、木に向かって猛ダッシュする。
それと同時に、湊ちゃんのスキルが発動した。
――発動!
あいだには不気味な声が挟まれる……。〝A〟の声だ……。
――馬鹿め……。近づけば猿になることを忘れて……
湊ちゃんのスキルが私の背中を強く押す。
――空間収縮!
湊ちゃんのスキルにより、私は高速で飛んだ。
一瞬で私はイビル・プラントとの距離を詰め――――――
――小娘よ! 猿になれ!!!!!!
剣先は幹へと到達。
私は剣を突き刺しながら、にやりと笑う。
「磁力で空間を断絶したんだよ! そのために、お兄ちゃんのブーツをお前に奪わせた!!」
本来であれば猿にされてしまうはずの距離。その距離は空間ごと強い磁力で圧縮されていた。
――神王のブーツか!!!
「気づくのが遅い!」
ミスリルの大剣を深く、深く、差し込む。
一か八かの賭け。磁力で空間を圧縮したとはいえ、ゼロになるわけではない。剣の刀身よりも危険区域が広ければ、私は猿になっていた。
タブレットからAIの音声が流れる。
『主よ。終わった。おつかれであった』
湊ちゃんは春日井君にぎゅっと抱きついていた。
私の頭の上に猿が乗る。ぽん、といった感じに兜の上に降りて座った。
『エリ、ミリア、もりもり、そしてそなたの兄。彼らが周囲の木を伐採して弱らせていたからこその勝利だ』
タブさんの声がジャングルに響いた。
太い幹は剣で突き刺した箇所から崩れ始める。少しずつポリゴンのような粒子に変わっていく。
枝の上からがさがさと音がして、たくさんの人が降ってきた。猿から元の姿に戻ったハンターたちだ。
どさどさっと大きな音を立てて地面に落ちた。
全員気絶しているようだった。
彼らはおそらく生きていて、命に別状はないだろう。
「終わった……。全部終わったんだね……」
私は静かに膝をつく。
春日井君が近づいてきた。
その顔は呆然としていた。抱きついている湊ちゃんの顔色も悪かった。
私の兜の上には重みがある。猿1匹分の重みだ。
「春菜の……春菜のお兄さんが……」
湊ちゃんは私の頭の上を見ていた。見ているのは私の頭の上に乗っている猿に違いなかった。
「春菜のお兄さんが、元に……。戻らない……」
「筑紫のお兄さんだけ……。なぜだ……」
春日井君までもが、顔面蒼白だった。
だが、一番血の気が引いていたのは私だっただろう。
猿はぴょんと飛んで、地面に降り立った。
「嘘……。遅かったんだ……。間に合わなかった……」
私は地面に手をつき、四つん這いの姿勢でがっくりと頭を落とした。




