第265話 上がる討伐確率
どうやらボスは、リゾルブ処理の完了を待ってくれないようだ。
「逃げられない。近づいたら猿にされてしまう。いったいどうしたら……」
「90秒だよ。春菜、春日井君、なんとか90秒持たせて……」
湊ちゃんは処理に集中していた。
90秒待ったからといって、私たちに勝利がもたらされるわけではない。しかし、頼みの綱は湊ちゃんのスキルだけだ。
「無理だって。こんな状況なんだ……」
春日井君は弱音を吐く。
ツタは次々と伸び、襲いかかってくる。腕や足を絡め取ろうとしてくる。それを振り払うので精一杯だった。
「くそっ。動きづらい……」
春日井君は刀でツタを斬っていく。私と湊ちゃんを抱えながらだから、ろくな対応ができない。
「無理だって、これ……」
ツタが春日井君の刀に巻き付いた。
続けて、私の腕にも巻き付く。スライムを召喚し続けていることがわかっているのだろう。私の手を鎧から引き剥がそうとしてくる。
「春日井君! とにかく木に近づこう! ギリギリまで!」
「本気か!?」
「本気だよ!」
敵は目に見えないし、攻撃も通らない。
実体のある存在ではなく、精霊なのだ。人間で言ったら魂のような存在だ。
倒す手段はまったくわからないが、確かなことはそこに『居る』ということだけだ。
「どこまで近づけるんだ? 猿にされないギリギリのラインまで行くのか?」
「私が常に監視している。大丈夫。ぎりぎりまで近づけるはず」
警告はダンジョンシミュレーターがしてくれる。ただし、命がけだ。わずかでも判断を間違ったら、私たちは全滅する。
「筑紫のタブレットは協力してくれないのか!? 高性能のAIなんだろう!?」
「知らないよ! 頼りになるんだか、ならないんだか!」
ツタは私の手首に巻き付いている。その力よりも私の魔法による磁力が上回っているので、両手は2人の鎧にくっついたままだ。
ツタがタブレットを狙わないのは幸いだった。役に立つかわからなくても、タブレットだけは失うわけにはいかなかった。
『我は極力、主の邪魔をしないようにしている。本当の危険が迫れば、ちゃんと警告を出す』
「さっき、湊と春日井君が危なかったじゃない! 首が飛ぶところだった!」
『主は対応できたではないか』
私は少し頭に血がのぼり、声のトーンが上がる。
「タブさんにとっては、あのくらいは危険でもないと!?」
『取るに足らないであろう。主よ』
「ずいぶん余裕があるんだね、タブさんは! 私たちは本当にギリギリなんだけど!」
両手が塞がっているので、襲ってくるツタを蹴飛ばす。私にできる攻撃は蹴りだけだ。
『主たちはギリギリ? いや、そうでもないぞ。討伐確率:21.1%、21.2%、21.3%……。ゆっくりだが、上昇している。あとは勢いだけだな。必要なのは』
「湊のリゾルブ終了が近いから……」
『そればかりではない。主の覚醒レベル4は伊達ではないということだ。もっと自分を信じることだ。確率を上げているのは南波湊のリゾルブではない。ボスに近づいたからだ』
「どういうこと……?」
『主よ。勝ちを引き寄せろ。それだけだ』
「わかんないよ! どうやって倒すのさ!?」
『わからなくても倒すのだ』
「無茶苦茶な!」
『それができるのが主だ。南波湊がマスターになった未来も面白そうだが、主がマスターになった未来こそ我は見たい』
「マスターなんてどうでもいいよ! 今はあいつを倒さなきゃ!」
大木に近づいてきた。近づくほどにツタの量が増えてくる。
10mが余裕のある安全ライン。今はおそらく8mほど。
本当にギリギリのギリギリだ。
でも、わからない。
ギリギリかどうかすら、はっきりしない。
もっと近づけるのか?
それとも、ここが限界なのか?
湊ちゃんのリゾルブは残り24秒。
しかし、ツタに巻き取られ、木へと引き寄せられたら一瞬で終わる。
冷や汗が兜の中を流れる。
わずかな判断ミスも許されない。
両手はがっちりと2人の鎧に張り付いている。強い磁力だ。
磁力は不思議だ。見えないのに、どうしてこうも強力に引きつけるのだろうか。
磁力が使えるのは、私がメタル属性の魔法を扱えるからだ。でも、どうやって磁界が生まれるのだろう? この見えない力はどうやって? もっと、勉強をしておけばよかったのか?
でも、タブさんは言った。
わからなくても倒せ、と。
勝ちを引き寄せろ、と。
つまり、わからなくてもいいのだ。確かなことは、間違いなく私は『見えない力を行使している』ということだ。




