第262話 もりもりさん登場&退場
とにかく時間がなかった。私は瞬時に決断を下さなければならない。
タブレットのAIが私の取るべき行動を指示してくる。
『呼吸を確保せよ。さきほど失敗したミスリルカッターの残骸が落ちている。金属加工でパイプを作り、気道に刺すのだ。そこから息を吹き込め』
タブさんは怖いことを言う。それでも私は一切否定せず、金属変形の魔法でミスリルのかけらをストロー状に加工した。ストローの先端は注射針のように尖らせた。
「これを湊と春日井君に刺すの……?」
ここまでの行動はできても、この先を実行に移すのは躊躇する。
金属のパイプを手に持ち、いざ使おうとした瞬間、恐怖で体が凍りついたように動かなくなった。
『主よ。怪我はポーションで治せばいい。他に方法があるか? 探している時間はない』
「時間が……ない……」
タブさんに説得されるように、私は金属製のパイプを振り上げた。
しかし、もし、少しでも力の加減を間違えたら。
貫通させてしまったりしたら。
血が吹き出して止まらなかったら。
いや、それよりも、友だちを傷つけてしまう行動に躊躇してしまう。湊ちゃんの、春日井君の、2人の身体に傷を与える行為。それがとてつもなく怖く感じてしまった。
――別の方法もありますよ!
遠くから声が聞こえた。
こちらに走ってくる影があった。ざざざっと木々をかき分ける音が勢いよく近づいてくる。
「肺に直接空気を転送するんです! MP消費は大きいですが、一時的な呼吸は確保できます!」
「もりもりさん!!」
私は懐かしいその姿に声を上げていた。
「春菜さん。時間がありません。すぐに実行を!」
「でも、どうやって!?」
もりもりさんは白銀の鎧に身を包んでいた。かつてあった損傷はすべて修理されていた。
「スライムで空気を包み込み、肺の中で召喚、即座に解除をします。急いで! スライムは服しか溶かしませんから!」
スライムとは、私がかつて戦ったマッド・スライムのことだ。服だけを選択的に溶解する。そのため人体には悪影響がないはずだ。
「わかりました!」
私は急いで実行に移す。
召喚は1体しか実行できない。それでも、湊ちゃんと春日井君の胸の上には両方とも魔法陣が現れていた。私が高速で連続召喚しているからだ。
ものすごい早さで召喚と解除を繰り返していたので、同時に召喚されているように見えていた。
「すごい……。こんなに早くスキルを使えるものなの……?」
もりもりさんは、大きく目を見開いて驚いていた。
「ご、ごほっ……」
「げほ……」
湊ちゃんと春日井君は呼吸を確保できるようになり、意識を取り戻す。
「春菜さん。もう少し召喚速度を下げても大丈夫ですよ。あまり過剰に酸素を送るのもよくありません」
「はい、もりもりさん。でも、なぜ空気も一緒に呼び出せたのでしょう?」
「召喚はそもそも転送なのです。魔法陣の上でモンスターが作られるのではなく、別の場所で作られたモンスターが魔法陣の上に転送されてくるのです」
「なるほど……。スライムを生み出す時に空気が包まれて、空気ごと魔法陣に転送されたのですね」
「どこでモンスターが作られるのかは判明していませんが。別の次元ではないかとも言われています」
「ありがとうございます。もりもりさん、助かりました」
「いえ……。どういたしまして」
長く伸ばした金色の髪がたなびく。もりもりさんは天使のような笑顔をこちらに向けていた。だがその直後、なにかに気がついたように、はっとした顔をした。
「そうだ! 冬夜さんのところに戻らないと!」
お兄ちゃんのところに戻る? どういうことだろう?
お兄ちゃんは今、ボスによって猿にされているはずだ。
「では私は冬夜さんのところに戻ります。それではまた!」
もりもりさんは、手を振ってジャングルの中へと戻っていった。
猿にされているお兄ちゃんを助けに行ったということか?
でも、なぜここにもりもりさんが?
ミランダさんはダンジョンに入る許可をもらっている。もりもりさんも同じように許可をもらっていたということだろうか? もりもりさんはアメリカ人だから、可能性はゼロではない。
いずれにせよ、ここにもりもりさんがいて助かった。
湊ちゃんと春日井君は唖然とした様子で、もりもりさんが消えていったジャングルを見ている。
私は2人に対する魔法の行使で手を止めることができない。繰り返さないと2人の呼吸は止まってしまうからだ。
「ありがとう、春菜。でも、いずれMPが尽きるね」
「うん。ただ、今はこれしか方法がない」
2人の胸の上では魔法陣の点滅が繰り返されている。私のMPはどんどん減っていった。短時間で10%がなくなった。いずれは尽きてしまう。
「筑紫、とりあえずMP回復ポーションを飲んでくれ。急いで打開策を考えよう」
「うん。でも、ごめん。私がきちんとダンジョンシミュレーターを使えなかったからだ」
「違う。これは俺たち自身の選択だ。ダンジョンは危険な場所なんだ。しかも、地下170階のボスともなれば」
春日井君の顔は険しかった。
湊ちゃんも覚悟を決めた顔を崩さなかった。
「それでも倒すしかないんだよね。春菜のお兄ちゃんを助けるために。命をかけて倒すって決めたんだから、絶対に倒そう。ねえ、春菜?」
「ごめん、2人を巻き込んでしまって……」
私たちはどこかで甘く考えていたのかもしれない。どうやっても倒せそうにない絶望的な展開が目の前にあった。
それだけでなく、後戻りできない状態になっている。私が召喚を続けなければ2人は呼吸することもできない。やり直しはできないこの状況。事態はさらに悪化してしまっていた。
『討伐確率5.112%』
タブさんが告げてきた数字は奇妙だった。召喚で手が離せないし、私に何かあったら2人は死んでしまうのだ。
「春菜、私のダンジョン・リゾルブ完了までなんとか持たせよう。そうすれば光明が見えてくるかもしれない」
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ダンジョン・リゾルブ実行中
進行度:24%
完了まで残り243秒……
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