第255話 猿の魅了(チャーム)に成功
ラビちゃんは2足歩行で歩く兎のモンスターだ。耳を伸ばせば私の背丈と同じくらい。頭だけなら、私の肩ほどの高さだ。短い足でぺたぺた歩くから、歩行は遅い。特技は丸まることだ。頭を隠して、白い毛のボールになることができる。
ラビちゃんは目一杯、ぎゅうぎゅうに丸まった。通常はバランスボールほどの大きさだが、ぎりぎりまで小さくなるとビーチボールくらいになる。
持ってみると意外に重くなく、今は湊ちゃんが抱えている。
「ふわふわで気持ちがいい。春菜、私が持っていていいの? ラビちゃんは足が遅いから、誰かが持ってあげたほうがいいと思う」
「いいよ、湊が運んであげて」
ラビちゃんは丸まることで機動力が増すが、ランダムに弾むため制御が難しい。そのため、どこへ行ってしまうかわからない。
春日井君も含め、3人と1匹で階段を降りていく。映像では見ていたが、初めて地下170階へと足を踏み入れた。そこは木が生い茂ったジャングルとなっていた。
中央の幹に近づかなければ、ボスに察知されることはないだろう。察知できるのであれば、猿型モンスターを操って偵察させる必要もない。
「そろそろだね」
湊ちゃんはラビちゃんをぎゅっと抱きしめ、白い毛のなかに顔を埋めている。
私たちは猿型モンスターに見つからないよう、しゃがみ込んで木の陰に隠れることにした。
「そろそろ来るね。猿型モンスターに見つからないように声を出さないで。イヤホンをしてタブさんの声だけが聞けるようにしておこう」
「わかった」
「了解」
簡単な返事で、湊ちゃんと春日井君が頷いた。
私のダンジョンタブレットは腕に装着することができる。この状態でもAIとの簡単な意思疎通くらいなら、脳波を通して行える。
私たちは目立つ格好をしていた。湊ちゃんは全身が黄金色、私はブルーメタリック、春日井君は鈍色に輝く。そして、ふわふわの白い玉のようなラビちゃん。
私たちの姿が少しでも猿型モンスターから見えてしまえば、発見されてしまう。気をつけなければならない。
時間になった。
定期的に巡回しているうちのAグループがやってくるころだ。
天井付近の枝が揺れている。
葉がこすれる音が近づいてきて、猿の集団が見えてきた。
天井の枝を器用に伝ってやってくる。
その数……
7匹。
まったく減っていなかった。
失敗したのか? と思ったのだが、イヤホンから聞こえてくるタブさんの声は違っていた。
『主よ、成功したようだな。7匹すべてが魅了されている』
見ると猿型モンスターのすべてが目を光らせていた。目がピカピカ光っている状態で枝を伝っていたのだ。
『おそらく、魅了状態のままで猿たちに通常と変わらない行動をさせているのだろう。ボスにこちらの動きを察知させないためだ』
なるほど。正しく巡回していると思わせて、ボスにこちらの存在を知らせないためだ。
デバイス解析の結果はどうなっているのだろう? あの猿たちは民間組織のハンターなのだろうか?
『デバイス解析の結果を伝える』
タブレットを手にとり、結果を見ることにする。湊ちゃんのスマホと春日井君のダンジョンデバイスにも同じ情報が転送される。
解析画面のボタンを押すと結果がタブレットに表示された。
――――――――――――――――
猿
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「ぶっ……」
少しだけ息を吹き出してしまった。
後ろから春日井君に口を塞がれた。
危うく大きな音を出して気づかれてしまうところだった。
デバイスの結果は『猿』とだけ表示されていた。
レベルも含め、他の情報は一切書かれていない。
つまり、あれは、猿。ただの猿。
モンスターでもない、単なる猿だった。
デバイスの結果からは民間組織のハンターなのかどうかはわからない。
『モンスターではない以上、上の階層に連れていけるだろう。これではハンターかどうかの判定はできないようだな。あとはエリとミリアに任せることを提案する。余計なことはするな、主よ』
まあ、そうなんだけれど、無反応でいられる湊ちゃんと春日井君がすごいよ。
『まだ声を出すでない。Bグループがどうなっているのか、確認してみよう』
そのまま息を潜め、私たちは30分ほど待った。
同じようにしてBグループがやってくる。
その数……8匹。
何も変わりはない。
以前と違うのはAグループと同じように、目をピカピカさせていることだけだ。エリ先生たちは全部の猿を魅了していた。
これは私の推測だが、エリ先生たちもデバイス解析の結果を受け、猿を上の階層に連れて行くことには意味がないと判断したのだろう。
15匹すべての猿を魅了したことで、とりあえずボスによる捜索の網には引っかからない。
時間が経過してもエリ先生から連絡がないのは、猿がモンスターではなかったという予想外の結果があったからかもしれない。
タブさんの言う通りに余計なことはせず、エリ先生からの連絡を待つべきか。
それとも……。
『一度上に戻ることにしよう。主よ。エリとミリアに任せるのだ……』




