第254話 猿芝居
3人と1匹で地下170階の映像を見ることにした。
湊ちゃんの視覚共有ではなく、エリ先生とミリアのそれぞれの耳に装着したカメラの映像だ。
映像は私のダンジョンタブレットに表示されている。タブレットはスマホ型のダンジョンデバイスよりも画面が大きいので見やすい。AIによって補正され、まるで2人の後方から撮影しているように加工されている。
少し気になるのは、画面が時々ちらつくことだ。カメラの揺れが大きいからかもしれない。ミリアもエリ先生も動きが機敏だ。ジャングルの中をなるべく音を立てないようにして、かつ、振動も抑えながら飛び跳ねるように進んでいく。
枝も葉もほとんど揺れていない。これはボスに気づかれないようにするためだろう。攻撃力がほとんどないミリアだが、レベル173のモンスターであり、基本能力はかなり高い。攻撃はできないが、かわりにとんでもない機動力を持っていた。
驚くのはエリ先生だ。ミリアと同等かそれ以上の動きをしている。
アメリカで軍人として働いていたエリ先生は訓練を受けていた。だがそれで、ここまでの動きができるものなのだろうか?
むしろ、あえて動きを抑えているようにすら感じる。実際の身体能力はもっと高いのではないだろうか。しかし、なぜ抑える必要があるのだろうか?
映像の乱れは続いている。時々、画面にノイズが走る。何本かの横線が入るときもある。
しかし、そのことを気にしている暇はなかった。猿型モンスターのAグループとの接触が近い。Aグループは7匹だ。
ミリアが一度に魅了できるのは3匹が限界だ。この状況で猿型モンスターを捕獲するには、Aグループを分断する必要があった。
私が考えていた作戦があった。だが、それは無駄になった。
「エリ先生、聞こえますか? Aグループを分断したいと思います」
「聞こえてい……ます……。春……菜……さん……」
映像だけでなく音声にも乱れがあった。
「こちらは音が途切れて聞こえています。敵の妨害でしょうか?」
「妨害……はありま……せん。大丈夫……。心配しない……で」
エリ先生は問題がないと言う。このまま作戦の指示を出すことにした。
――のだが……。
「エリ先生とミリアが分かれて、敵の注意を分散してください。猿は3匹と4匹に分かれると思います。運良くミリアの側が3匹になれば……」
私の言葉が終わる前に、エリ先生が伝えてくる。
「……作戦は問題……ありません。15匹……全部……任……せ……て……」
画面にはエリ先生の親指を立てる姿、そして安心させようとする笑顔があった。
エリ先生は横を移動するミリアに話しかけていた。
「あれ? 私のカメラの調子が悪いようです。音の乱れもそのためかも?」
今度の音声にはまったく問題がない。普通に聞こえていた。
「ミリアのカメラも故障なのです。エリ先生と同じく壊れてしまったのです」
「カメラの調子が悪くなっちゃいましたね~」
「調子悪くなったのです」
「カメラからの映像と音が途切れますが、ご心配なく~。上で待っていてくださいね~」
最後に映ったのは笑顔で手を振るエリ先生。耳元のカメラに手を伸ばした姿だった。伸びる指の先には電源スイッチがある。
私のダンジョンタブレットに映る映像は真っ暗になった。音声もぷつりと切れた。
私はタブレットから顔を上げ、春日井君と湊ちゃんに話しかける。
「いま、自分で切ったよね? 映像の配信」
「まあ、切ったように見えたな」
「たぶん、切ったと思う。エリ先生だけじゃなく、ミリアちゃんも自分で電源を落としてた」
おそらく階段を降りながら打ち合わせ済みだったのだろう。映像の乱れも音の乱れも、わざとやっていたのだ。
私は無表情で能面のような顔を作りながら、湊ちゃんに聞く。
「こういうの、なんて言うんだっけ?」
私の抑揚のない声に、湊ちゃんからは呆れた声が返ってくる。
「猿芝居?」
「そう、まさに猿芝居。猿だけにね……」
私は天井を見上げる。ばればれの嘘で映像を切ったということは、行動を見られたくないということなのだろう。
「どうしよう……。エリ先生は自信もありそうだったし、ここで待っていようか?」
「そうだね。しばらく待って連絡がなかったら、その時考えようか?」
「春日井君はどう思う?」
春日井君は腕組みをして少し考えたあと、こう切り出した。
「時間を決めようか。自分から配信を切ったということは、エリ先生は隠しておきたいものがあるんじゃないか? 俺もしばらく待ってみたらどうかと思う」
「そうしようか、湊?」
私が問いかけると、湊ちゃんはこう聞いてきた。
「ねえ、春菜のダンジョンシミュレーターってやつ。起動したんじゃないの?」
「まあ、起動したけれど」
「結果はどうだった?」
「無事に終わるみたいだよ。問題なく作戦は成功」
「じゃあ、大丈夫だよ。待ってればいいんじゃない?」
「まあ、そうなんだけどね」
「ダンジョンシミュレーターを使って、ボスを枯らす方法はわからないの?」
「このスキルはそこまで教えてくれるわけではないからね。方法は自分たちで考えるしかない」
「とりあえず、エリ先生たちの結果待ちだね」
「だね」
「私たちができることはといえば、待つことだけ」
「湊は待つつもり?」
「そのつもりだよ。でも春菜、ちょっと覗きに行きたいとか思ってるでしょ」
「お、思っていないよ。少ししか……」
「見るなと言われると、人は見たくなるものだよね」
「でも、エリ先生に悪いしさ……」
「そうだよね」
「ただ、ちょっと心配ではあるよね。上手くいくと思ってはいても、ダンジョンシミュレーターも万能じゃないし、結果は気になるよね」
「エリ先生のことだからさ、覗かれることも想定してると思うんだ」
「なるほど。さすが湊だね。そこまで読んでいるのか」
「だって、ラビちゃんを投入して、私の視覚共有で見ることもできるわけじゃない? だとすると、階段を降りたところから離れた場所まで移動すると思う」
「そっか。じゃあ、階段を降りたすぐのところなら、エリ先生はいないわけか」
「そうだね」
「なら、下へ降りてみる? 周期的にやってくる猿型モンスターがどうなっているか? 数を減らしたのかどうか? エリ先生を見に行くんじゃなくて、モンスターを見に行くんなら大丈夫でしょ? Aグループが次に回ってくるのは今から何分後?」
「15分後だよ」
「なら、15分したら下に降りてみようか」
湊ちゃんと会話をしていたが、私たちはパーティメンバーだ。他のメンバーの賛同を得る必要がある。
「春日井君はどう思う?」
「いいよ。俺は筑紫の意見に従う」
「ラビちゃんは?」
2足歩行の兎はこくりと頷く。パーティ全員の意見が一致した。
「じゃあ、15分後に様子を見に行ってみよう」
そして、長い長い15分が経過した。




