第250話 作戦会議
ラビちゃんにボコボコにされたエリ先生は、ぐったりとして横たわっている。ボコボコといっても、実際にはまったくダメージはない。与えたのは精神的ダメージだけだ。ラビちゃんはどちらの立場が上なのかを示したのだ。
飼い犬が家族の中で順位付けをするようなものなのかもしれない。ラビちゃんはパーティ内で自分の地位を誇示したのだった。
「じゃあ、当面の作戦を考えよう」
私はみんなに声をかける。このなかではミリアを除けば、私のレベルが一番高い。エリ先生がこんな状態になってしまった以上、私がリーダーとならなくてはいけない。
「まずは民間組織のハンターたちを探したいよね? ミリアの鼻を使って地下169階や、その上の地下168階を探してみるのはどうかな?」
私の提案に対し、最初に発言したのは湊ちゃんだった。
「それもいいんだけど、私はあの猿型モンスターが気になる」
その意見に春日井君も賛同する。
「俺も気になるな」
私は深く頷きながら、同意の意思を示す。
あんな猿なんてさっさとぶっ倒しちゃえばいいと思うんだけど、部下の意見を大事にする上司のように、私はリーダーとして振る舞わなければならなかった。
「だよね。私はその意見を待っていた。湊と春日井君なら、答えにたどり着けると信じていたよ」
「ミリアも同じ意見なのです、お姉様」
なぜか装備のブーツを脱いでいたミリア。懸命にブーツを履き直していた。
「やっと計算が終わったのです。ミリアは九九が得意なのですが、足し算は少し時間がかかるのです。足の指も使いました。今まさに7+8=15と判明したのです。これが偶然の一致でしょうか。否、ミリアはそうは思わないのです!」
ミリアは高らかに宣言した。
ブーツを脱いだのは、足の指まで使って足し算をしていたからだった。
私はミリアなりに一生懸命やってくれているのが嬉しかった。地下170階ともなると、私たちだけで対応することは不可能だからだ。ミリアの能力は不可欠だし、私たちの命綱でもある。私はミリアを労いながら、聞いてみる。
「ありがとう、ミリア。計算おつかれさま。それで、ミリアの鼻でハンターたちの匂いを嗅ぐという作戦の他に、別の作戦もあるのだけれど聞いてくれる? その前にミリアの能力について訊ねたいのだけれど」
「もちろんなのです。お姉様」
ミリアは真剣な顔をしながら、私に向かって深く頷く。
「ミリアの魅了についてだけど、モンスターに対しても有効なのかな? 発動条件とかはあるの?」
「魅了できることもあれば、できないこともあるのです。説明するのです。ミリアはサキュバスなのです。サキュバスとは男性を惑わせる淫魔なのです。ご覧の通り、ミリアはお姉様に負けず劣らず、とても可愛いのです。ただ、モンスターの場合は難しいのです」
「それはミリアのことを可愛いと認識できないから?」
「その通りなのです。だからモンスターであっても、人間のような感情があって、ミリアを可愛いと思ったらイチコロなのです。例えば……」
ミリアはラビちゃんの方へと顔を向けた。
「ラビちゃんは雄なのでしょうか? 雄ならばミリアを可愛いとか大好きだとか思ってくれたら魅了できるのです」
視線を向けられたラビちゃんは、短い前脚で半ば無理矢理に自分の目を塞いでいた。いやいやをするように首を左右に振っている。
「ラビちゃんが雄なのか雌なのか、ミリアにはわからないのです。ただ、魅了は効かなかったのです」
その言葉を聞いて、ラビちゃんからはほっとしたような感情が伝わってくる。目を塞いでいた前脚を離していた。
「私は、あの猿型モンスターを魅了できないかと思ったんだけど、やっぱり難しいのかな……」
「やってみないとわからないのです。でも、仮に魅了ができたとします、お姉様。別の問題もあるのです」
「別の問題?」
「はい、お姉様。サキュバスのチャームは相手のレベルも影響しているのです。春日井のような雑魚ですと何百人も魅了できるのですが、あの猿はレベルが高そうなのです」
「それは魅了が無理っていうこと?」
「お姉様、ミリアを見くびらないでください、なのです。ミリアはレベル173なのです。猿の1匹や2匹は楽勝なのです」
「だったら何が問題なの?」
「それは魅了の持続時間と、同時に維持できる人数なのです。たぶんなのですが、おそらく3匹くらいがミリアの限界なのです。4匹目を魅了すると、最初の1匹が切れると思うのです」
「なるほど。仮に魅了ができたとしても、15匹全部は無理なんだね」
私は残念に思い、肩を落としていたが、ミリアは不敵な笑みを浮かべた。
「お姉様、そこは方法があるのです」
ミリアはにやりと笑う。
「方法? どんな?」
「お姉様たちの言葉で言うと、ミリアはランク17なのです。ランク18に上がれば、あんな猿は楽勝なのです。つまり、ミリアがレベル180になればいいのです」
「レベル180に?」
「そうなのです。地上の男どもをかき集め、ミリアの代わりに経験値を集めさせます。ほんの5年もあれば、ミリアのレベルは180に……そうなれば……」
ミリアの言葉を最後まで聞かず、私は制する。
「残念だけれど、5年はちょっと長いかな」
「そうなのですか。残念なのです」
「でも、2匹でも3匹でも、魅了ができるのなら心強い。まずは魅了が可能かどうかを調べよう。やっぱり攻略の鍵はミリアだね」
落ち込みかけていたミリアだったが、花を咲かせるように顔を輝かせる。
「ミリアはやるのです。お姉様の期待に応えるのです」
拳を握り、ガッツポーズをしていた。
湊ちゃんと春日井君も、ミリアに応援の声をかける。
「がんばって、ミリアちゃん。期待しているよ」
「ミリアが頼りだな。俺たちじゃレベルが足りなすぎる」
ラビちゃんは短い前脚で拍手のように手を叩いていた。応援の意味だろう。
そのころ、やっとエリ先生は立ち上がり、まるでゾンビのようにふらふらと歩く。
精気が感じられず、髪の毛もぐしゃぐしゃに乱れていた。乱れた髪を指で直している。
残念ながら、今回のエリ先生には期待できそうにないなと思った。




