第249話 エリ先生vsラビちゃん
ラビちゃんは私たちのいる階へと戻ってきた。
ここは地下の169階。地上からは遥かに深い場所。
エリ先生はリュックを枕にして、気持ちよさそうに寝ていた。
私、湊ちゃん、春日井君、ミリアの4人がエリ先生を囲んで覗き込むように寝顔を見ていた。
そこにラビちゃんが加わり、5人で先生を囲むことになる。ラビちゃんを1人と数えるのか1匹と数えるのかは難しいところだ。
とりあえず5人ではなく、4人と1匹としておこうか。頭脳明晰の湊ちゃんに言わせると、兎は1羽2羽と数えるらしい。でも、ラビちゃんは兎ではなく、スローラビットだ。2足歩行する、歴としたモンスターだった。
その理屈で言えばミリアもモンスターなのだが、ミリアは人間と同じ姿をしている。だから1人という数え方が合っている。こうなると人間とモンスターの境界はどこにあるのだろう?
AIのタブさんやター君は感情を持っていないらしい。
一方でミリアやラビちゃんからは感情を読み取れる。よほど人間に近い存在だった。
ダンジョンの成り立ちと存在意義を考える時、モンスターの進化した先が人間なのではないかと思う時がある。そうだとしたらダンジョンは人間を生み出した神のような存在で、人間の次なる進化を促したいのだろうか……
そんなことを考えていたら、ラビちゃんがエリ先生の顔のすぐそばまで自分の顔を近づけていた。
鼻をひくひくと動かし、くんくんと匂いを嗅いでいるようだった。くりくりした大きくて黒い目は動物特有のものだ。長く伸びた兎の耳は寝息を聞こうとしているのか、エリ先生の顔に合わせて弧を描いている。まるで音を収集するための集音器だ。
エリ先生が目を開けた。私たちは全員で覗き込んでいるが、先生のすぐそばにあるのはラビちゃんの頭部だ。眠りから覚醒した先生の視界に映っているのは巨大な兎の顔に違いない。
エリ先生は一度、目をぱちくりと瞬かせた。
「……着ぐるみ?」
まだ少し寝ぼけているようだった。じっとラビちゃんの顔を見ている。
「ここ、ダンジョンですよね……」
そして、はっと目を見開くと、驚いたような顔をした。
「モンスターです!!」
慌てて立ち上がろうとするが、ラビちゃんが覆いかぶさるように上にいるため、すぐには動き出せずにいた。
「た、助けて!! 私、レベル180だけど攻撃力はないんです! 戦えないんです!」
エリ先生は完全に寝ぼけているようだった。レベル180なんて、人類が到達できない領域だ。今のワールドランク1位はミランダ・モリスさん。そのミランダさんでさえ人類未踏のレベル90に到達したばかりだ。
もしもレベル180なんてものが存在していたら、ランクは18となる。とんでもない規格外だ。ただし、規格外はすぐここにもいる。ミリアのレベルは173。まあ、ミリアの場合はモンスターだから例外だ。
先生は慌てふためきながら手足をばたばたさせている。私は先生の耳元に口を近づけた。
「エリ先生、エリ先生。上に乗っているのはスローラビットです。私が以前に召喚したモンスターなので大丈夫ですよ」
「は、春菜さん? え!? スローラビット!?」
「はい、だから大丈夫です」
私は大丈夫だと言ったのだが、ラビちゃんはすっかりエリ先生の上に乗ってしまっていた。馬乗り状態だ。
なぜだかラビちゃんは臨戦態勢になっており、兎の手を可愛らしく胸元に置いている。可愛らしいが、それはボクシングのファイトポーズだ。
そのまま腕を振るって、ぽよん、ぽよん、とエリ先生を上から殴りつける。殴りつけてはいるが、ほとんどダメージはないはずだ。なにしろ、ラビちゃんの手はふわふわで柔らかい。おまけにラビちゃんは手加減しており、本気を出してはいなかった。
「春菜さん! このスローラビット、私を殴っています! 攻撃してきています!」
「はい……。殴っていますね。先生に馬乗りになって」
「ギブ……ギブアップです! 私の負けです! スローラビットの勝ちです! 春菜さん、私の負けですから!」
「エリ先生、スローラビットの名前は『ラビちゃん』と言います。名付け親は湊です。湊に頼んでみてください」
エリ先生とはパーティ設定をしているからHPが見えている。100%のまま変化はない。安全を確認しているため、のんびりと返事をしていたのだが、エリ先生のほうには抵抗する気力が残っていないようだった。
「……南波さん……。ラビちゃんを止めて……」
弱々しく訴えるエリ先生を見て、湊ちゃんはラビちゃんの腕を取って立ち上がらせた。
ラビちゃんは湊ちゃんの横に並んで立つ。
「ラビちゃんの勝利ーーー。エリ先生に勝ちましたーーー」
ラビちゃんの短い前脚を、湊ちゃんが高々と掲げた。
私と春日井君は「ぱちぱちぱち」と白々しい拍手をする。
なぜだかラビちゃんからは誇らしげな感情が伝わってくる。
エリ先生はまだ立ち上がれないようで、なんとか四つん這いになり項垂れていた。
「レベル1に負けた……。私、これでもレベル180なのに……」
どうやらまだ、エリ先生は寝ぼけているようだった。




