第248話 ジャングルを進むラビちゃん
ラビちゃんはジャングルを進んでいく。
私たちはラビちゃんの視界から作られた映像を見ている。
金属板に映し出される映像はAIにより補完されたものだ。まるでラビちゃんの後方から撮影されたかのような視点で、薄暗いはずのジャングルも明るく修正されていた。まずはこの階層のマッピングをしながらボスを探すことになる。
ミリアによると、レベル1のラビちゃんはボスからのターゲットにならないとのことだ。しかし、広範囲攻撃に巻き込まれてしまうとダメージを受け、HPの低いラビちゃんは死んでしまうだろう。
とにかく気をつけるのは攻撃に巻き込まれないこと。
ボスを探しながら、この階層にいるかも知れない、あるいはすでに離脱しているかもしれない民間組織のハンターたちを探す。
ハンターたちは15人。
かなりの実力者ぞろいだが、この階層のボスを倒すには人数が少なかった。エリ先生によると、この倍の人数がいないと危険だとのことだ。
当のエリ先生は熟睡中だった。気持ちよさそうに私たちの横で寝ている。
映像の中ではラビちゃんが突然立ち止まっていた。なにかを察知したようだ。木の枝が振動している。天井の高さはおよそ3mから4mほど。天井が見えないほどに張り巡らされた枝が揺れていた。
ボスが近づいてきたのだろうかと思ったら、すれ違ったのは猿の群れだった。
たくさんの猿が器用に枝から枝へと伝っていく。その数、7匹。すべて猿型のモンスターだ。
ラビちゃんはダンジョンデバイスを持っていないため、モンスターの名前や強さはわからない。地下170階なら通常のモンスターであっても100に近いレベルかも知れない。
猿の群れが通り過ぎると、ふたたびラビちゃんは動き出す。歩くのではなく、丸まって転がっていく。ふわふわの毛玉がジャングルを進んでいった。
するとまた別の猿の群れとすれ違った。その数は8匹。
全部で15匹の猿型モンスターとすれ違ったことになる。
ラビちゃんはジャングルの移動を続け、マッピングが進んでいく。広さとしては学校の校庭の10倍以上はありそうだ。ラビちゃんは大きく円を描くように移動しており、階層全体が円形に近いかたちをしていることが判明した。
円形の中心には一本の太い幹があった。ラビちゃんは用心深くその周囲を移動していたが、近寄ろうとはしなかった。なにかの危険を察知しているようだった。
木の幹はかなり太い。抱きかかえられる太さとかではなく、横幅は一軒の家くらいの大きさがある。穴を開ければ中に人が住める空間が作れるだろう。
巨大な木は伸ばす枝も太い。とんでもなく太い枝が何本も天井に張り付いている。もしも空洞になっていたら、人間がらくらく歩いて通れるほどの太い枝が周囲に伸びていることになる。つまり、枝の内部が空洞なら、そこが空中回廊になっていて移動することができる。なぜこんなことを考えたかというと……
湊ちゃんが私の思っていたことを代弁してくれた。
「どこにもボスの姿がなかったね。そうすると、木の内部に隠れているとか、空洞になった枝の中を移動している可能性もある」
春日井君が湊ちゃんの言葉に頷いていた。
「気になるのは民間組織のハンターの姿がなかったことだ。途中に階段がいくつかあったから、169階まで登って避難しているといいんだけれど」
湊ちゃんが「うんうん」といった感じに頷く。
「例えばボスが見つからなくて、別の階段から上にあがったとするよ。そこから私たちの元まで戻っている途中という可能性もあるよね?」
「道が俺たちのいる場所と直接つながっていなくて、168階や167階へ迂回しながら、ということも考えられるよな」
「まあ、こんなふうに都合のいい方向で考えてしまうのは、やっぱり気になるからだよね……。うーん……」
湊ちゃんが言いたいことは私もわかる。おそらくは春日井君も同じ考えだった。
「俺たちが目撃したのは猿型のモンスターだけ。数は15匹。その数が民間組織のハンターと同じだけの数。偶然にしてはできすぎているからだよな……」
「嫌な予感がある。私はハンターたちが上に逃げていてほしいと思っている」
「そうだな……」
ずっと湊ちゃんと春日井君だけで会話をしていたが、私が話に加わる機会を逃していたのには理由があった。
私は小さい声でつぶやく。
「猿型のモンスターって、なんだか苦手意識があるんだよね。なんでだろう……。別に動物園で猿を見てもなんにも思わないし、猿が嫌いってわけでもないけれどな……」
私の独り言に、春日井君と湊ちゃんが反応した。2人同時にこちらを見た。
「マッド・エイプ」
モンスター名を口にしたのは春日井君だ。
「春菜は神王の兜を取られていた。すっぽりと上から盗まれて。こんなふうに」
湊ちゃんが自分の兜を上に持ち上げる仕草をする。今、神王装備を身に着けているのは湊ちゃんだ。ちょうど、そんな感じに盗まれたのだ。
「それだ……」
私はあのときのことを思い出す。2人とも、私の配信を何度も見たのだろう。マッド・エイプには剣をもっていかれ、からかわれながら兜まで奪われた。泥だらけにさせられ、無様な姿を視聴者にさらした。私は手も足も出なかった。最終的にはもりもりさんが倒してくれた。
「あの、憎たらしいマッド・エイプ。あいつの顔を思い出すからだ。くそう……」
ぎりぎりと歯ぎしりをして、私は立ち上がる。
「ちょっと、あの猿型モンスター、全部殺してくる」
立ち上がる私を、慌てて春日井君が止めようとしてきた。
「いやいや、待てって」
押さえつけてくる春日井君。
湊ちゃんも私を引き留めようと手を掴む。
「気持ちはわかるけど、一回、冷静になろう。春菜」
マッド・エイプのことを知らないミリアだけがきょとんとした顔で私たちを見ていた。
そんなこんなで、私たちが揉めている間に、ラビちゃんは最初の階段まで戻ってきていた。
ぺたり、ぺたり、と1歩ずつ階段を登り始めていた。




