第247話 地下170階へ降りるラビちゃん
ぺた、ぺた、と1歩ずつラビちゃんは階段を降りていく。足が短いものだから、階段を降りるのも大変そうだった。
大丈夫かな、転ばないかな、と心配しながら私たちは見ていたが、湊ちゃんが「あ」と口にした。ラビちゃんは階段を踏み外し、ゴロゴロと転がりながら落ちていった。体をうまく丸めて衝撃は抑えていたが、丸まったことでそのまま一気に地下170階まで落ちてしまった。
おそらくは今までもこうして降りてきたのだろう。降りるのは早いが、登るのは遅いはずだ。下へ下へとラビちゃんは降りてきてしまったのかもしれない。
湊ちゃんの視覚共有を起動する。
金属板の上に液晶モニターのような映像が表示された。ラビちゃんの視界だ。
10の倍数の階にはボスが居ることがある。ボスが居るときは、その階層にボス部屋が設けられているパターンと、階層全体がボスの領域になっているパターンがある。
ラビちゃんが降りていった地下170階はおそらく後者だ。階段を降りた時点でいつボスと遭遇してもおかしくない。
薄暗いその景色からは映像を通してもボスの恐ろしさが伝わってくるようだった。今いるこの場所とは違い、そこはまるでアマゾンのジャングルかのような光景だった。木々が生い茂り、あちこちにツタが絡まっている。足場は悪く、下生えも多い。
おそらく日光とかは全く関係がないのだろう。地上であれば光が届かないはずの木の根元であっても長い草が伸びていた。
視覚共有の欠点は音が伝わらないことだ。映像からすべてを判断しなければならない。
とにかく視界が悪い。草も多く、木々も複雑に伸びながら絡まっている。天井が通常の階層と変わらず低いのだ。上に伸びることができない木々が窮屈そうに枝を伸ばしている。
視界だけでなく、足元も悪いから、ラビちゃんの短い足では歩くのが大変そうだった。
案の定、木の根につまずいてラビちゃんは転んだ。
視界の映像が360度回転する。ぐるぐると回る映像はすぐにAIで補完された。手ブレを軽減させる技術のようなものなのだろう。それだけではなく、映像がまるでラビちゃんの背後から撮影されているような画面に変わっていた。
その説明をタブレットのAI、タブさんがしてくれる。
『あまりに揺れの多い映像のため、我が修正を行っている。周囲の映像を分析し、スローラビットの状態を推測することで、まるで背後から撮影しているかのような擬似的な映像を作っている』
タブさんの言う通り、私たちが見ているのは丸まったラビちゃんの姿だ。
ラビちゃんは完全に真っ白な毛の玉と化している。そこに真っ黒でくりくりとした2つの目だけが覗いていた。
転んでは丸まり、転んでは丸まり、ラビちゃんは足元の悪いこのジャングルを器用に進んでいた。ラビちゃんなりに頭を使った結果だろう。柔らかそうな白い毛の玉となり、弾みながらジャングルを進んでいく。
ミリアが悔しそうに顔を歪ませていた。
「ラビちゃんが羨ましいのです。まるで主役なのです。ミリアが単独で降りていたなら、みんなの注目をミリアが集めていたはずなのです。ラビちゃんは可愛すぎなのです。ふわふわ、もふもふ、ころころ、なのです。サキュバスでも勝てない可愛さなのです……」
まるでゴムボールのように、ラビちゃんは跳ねていく。ただ単に丸まるだけではなく、兎としての脚力も使っているのだ。
平坦なダンジョンの床よりも、こうした悪路のほうがラビちゃんには適しているのかもしれない。
通常のダンジョンでは動きが遅く、やられ役のスローラビット。もしも、こうしたジャングルが地下1階にあって、大勢のスローラビットに襲ってこられたら、初心者のハンターには対応ができないはずだ。
複雑に跳ね回るラビちゃんの軌道は読みにくい。前後左右に入り組んだ動きをしながら、ジャングルの中を進んでいく。タブさんによる映像の補完がなかったら、見ているだけで私たちは酔ってしまったことだろう。




