第246話 命名します
2本の足で立っているスローラビットの身長は私の胸の高さほどだ。ただし、長い耳を身長に加えると、私と同じくらいになる。
全身が真っ白な毛で覆われていて、ふわふわだ。ダンジョンの埃っぽい環境を生き抜いた割には、スローラビットはとても綺麗な毛をしている。まったく汚れていない。私はついもふもふしたくなり、抱きしめるようにしてスローラビットの胸に顔を埋めた。
「よく生き残ってくれていたね。しかも、こんな深い階層に来れるなんて思っていなかったよ」
ふわふわの毛に顔を埋めているため、私の声はこもっていた。
スローラビットはもふもふの手で私の頭をぽんぽんと軽く叩いた。
「春菜ずるい。私もー」
湊ちゃんはスローラビットの背中側から抱きしめた。スローラビットは私と湊ちゃんにサンドイッチにされる。
「ミリアもなのです」
ミリアも加わり、3人からスローラビットは抱きしめられた。
私はスローラビットに問いかけた。
「スローラビットは召喚を解除しちゃったら、消えちゃうのかな? 再び呼び出したら同じスローラビットなのかな? 違うスローラビットなのかな?」
私が聞くと、スローラビットはわからないといった様子で首を傾けていた。
「そもそも、私の言葉はわかっているのかな? 日本語はわかるのかな?」
この問いかけには、もふもふの両手をほんの少し離すジェスチャーで伝えてきた。手と手の距離が5センチほど開いている。「ちょっと」という意味らしい。
「少しだけわかるっていうこと?」
こくこくと頷くスローラビット。
「しゃべることはできる?」
この質問には否定するように首を横に振った。
「Yes、Noの意思疎通はできるようだね。最初からこんなに頭が良かったのかな?」
ふるふると首を振るスローラビット。
「長生きすることで頭が良くなった?」
少し考えるように首を傾げていたが、小さく頷いた。
「なんだかぬいぐるみのようで可愛いね。愛着が湧いてくる」
私はスローラビットの頭を撫でてみた。気持ちよかったのか、耳をぴくぴくと動かしている。
ミリアはスローラビットが気に入ってしまったようで、私と湊ちゃんが離れたあとでも抱きしめ続けていた。
「ミリアが名前をつけてあげるのです。ミリアの大好きなチョコレートと色が反対なので、チョコの反対のコョチがいいのです。コョチ、コョチ、コョチ……。非常に言いにくいのです……」
ミリアによる命名は発音しにくくてまったく可愛くなかったので、私が別の名前を提案した。
「名前なら、もふもふでいいじゃない。毛がもふもふしているから。もふもふ」
私の意見には湊ちゃんが異議を唱えてきた。
「安直すぎるよ、春菜。スローラビットなんだから、ラビちゃん。ラビちゃんがいいよ」
3人でそれぞれ名前を考えた。この中から選ぼうと、私はスローラビットに向き直った。
「じゃあ、スローラビットに選んでもらおう。『コョチ』、『もふもふ』、『ラビちゃん』。どれがいいかな? いいと思った名付け親を手で示してみて?」
私の言葉に、スローラビットは考え込んだ。まるで人間のように、左手を右肘に添え、右手を顎に置いている。少し考えてから、春日井君の方向へ右手を出した。
「春日井君?」
スローラビットはこくこくと頷いた。
「俺?」
春日井君は自分を指さして、少しだけ驚いたような顔をした。
「春日井君に選んでほしいってことかな?」
ところがスローラビットは横に首を振った。
「え? 違うの?」
スローラビットが春日井君に近づき、胸元をとんとんと叩いた。
「もしかして、俺に名前をつけてほしいってことかな?」
その言葉に、スローラビットの真っ黒でくりくりした目が輝いたように見えた。鼻もひくひくと動かしていて嬉しそうだった。
「わかった。じゃあ、俺が考えてみるよ。うーん」
春日井君は腕組みをして考え始めた。
「筑紫が生み出した召喚モンスターだよな。つまり筑紫が生みの親。母親のようなもの。スローラビットは筑紫の子ども。なら、『つくしんぼ』。もしくは『ハルナズベビー』。『ベビーハルナ』。短くして『ベビナ』。あとは、ラビットをもじって『ベビット』。こんなところかな? どうだ?」
スローラビットはくるりと反転して、春日井君に背を向けた。
湊ちゃんに向かってぺたぺたと歩み寄り、ぺこりとおじぎをして、湊ちゃんの肩をぽんぽんと叩いた。
スローラビットの名前は『ラビちゃん』に決まった。
私は春日井君に向けてからかうように言った。
「春日井君のネーミングセンスがないことがわかった。将来、春日井君と結婚した人は大変だね」
「うるせ。筑紫とだけは結婚しねえよ」
湊ちゃんはくすくすと笑った。ミリアが「ラビちゃんよろしくなのです」と挨拶をすると、ラビちゃんはぺこりとおじぎをした。
「よろしくねラビちゃん」
「ラビちゃん、よろしく」
私と湊ちゃんが挨拶すると、同じようにぺこりとおじぎをしてくれた。
「よろしくな、ラビ」
春日井君は「ちゃん」なしの呼び捨てだった。
春日井君からはひどい名前をつけられそうになり、機嫌を悪くしたかと思ったラビちゃんだったが、春日井君にも丁寧におじぎをした。
意外にも、『ラビちゃん』より呼び捨ての『ラビ』のほうが気に入っているのかもしれない。もしかしたらラビちゃんは雌ではなくて雄だったりするのだろうか?
可愛いフォルムから雌だと思い込んでいたところがある。
もしも雄なのだとしたら、春日井君とは男同士、いい相棒になったりするのかもしれない。




