第245話 耳を出すスローラビット
「あのね、湊。説明すると、春日井君とは地下170階に降りた民間組織のことについて話していて……」
「大丈夫。全部、聞こえていたから」
湊ちゃんは深く頷きながら応える。
「どこから?」
「春菜の『話ってなに』から」
「最初からじゃん!」
「だって気になるじゃない。まるで告白でもされるかのようにそわそわした春菜と、そんな雰囲気が微塵もない春日井君だよ。ないとわかっていても聞きたくなる。春菜の反応を見たくなる。それを我慢していたらさ、ミリアちゃんが……」
「ミリアが動いたのです」
ミリアは腰に手を当て、こくこくと頷いていた。
「そう、ミリアちゃんが泥棒のように忍び足で覗こうとしていたからね。私は『やめようよ』と言いながら一緒に近づいて……」
「湊は口だけなのです。湊も見たかったし、聞きたかったのです」
「その通りでーす。てへっ。だって、気になっちゃったんだもん」
湊ちゃんは舌をぺろっと出し、可愛く笑った。
「だって、だって、春菜の反応が面白すぎたし、絶対に真面目な話だと思ったんだもん。地下170階のことしかないでしょ。私たちの話題なんて」
「そうなのです。ならば、ミリアも関係があるのです。話を聞かなければ、なのです」
「ミリアちゃんは途中から誤解していたみたいだけれど」
ミリアは慌てふためきながら弁明する。
「ち、違うのです! ミリアはわざと勘違いをしたふりをしたのです! そう、ふりなのです! 本当に交尾をするなど、思っていないのです!」
私は呆れた顔でミリアを見た。
「ミリア、人間はこんなところで交尾したりしないからね。ところで、エリ先生は?」
「あっちで居眠り中なのです」
ミリアが指差す方を見ると、エリ先生はリュックを枕にして横になっていた。その向こうには170階へ降りる階段の入口が見えている。暗がりになっているその先には、白い毛の塊が見えたような気がした。
湊ちゃんがこほんと軽く咳払いをした。
「まあ、とにかくドローンがあればいいということだよね。ドローンは無理だけれど、私の視覚共有を使えばいいんじゃないのかな?」
春日井君がぱんと手を打ち、感心したように顔を明るくした。
「なるほど、その手があった。筑紫にモンスターを召喚してもらおう。そのモンスターに下の階へ行ってもらえばいいよな」
「ミリアが単独で下に降りてもいいのです」
即座に提案するミリアだったが、私はそれを否定する。
「何が起こるかわからないし、危険すぎるよ。ミリアだって危ないかもしれない」
私は何気なく、階段の方へと視線を向けた。
エリ先生が横になっている向こう側、下へ降りる階段があるのだが、そこから白くて長い兎の耳が顔を出していた。私の注意を引くように、左右にゆらゆらと揺れる。
「私も春菜の召喚モンスターがいいと思うよ」
湊ちゃんが私につられて階段の方を見た。兎の耳はおじぎでもするかのように、前後にゆっくりと動いていた。
「じゃあ、やっぱり筑紫にモンスターを召喚してもらって……」
春日井君も階段の方を見ており、長い2本の耳は気づいてくれと主張しているかのように、ゆらゆらと揺れている。白くてふさふさしていて、マフラーのようだった。
「お姉様にモンスターを召喚してもらうのです……」
ミリアも階段のある方向を見ていた。ミリアの「レベルの低いモンスターがいいと思うのです」という言葉に、うんうんと頷くように耳がおじぎをしていた。
私は腕組みをして考え込む。
「じゃあ、レベルの低いモンスターを召喚するか……。でもレベルが低いと意思疎通が難しいんだよね。どうしても知能が低いからさ。どのモンスターがいいかな……。悩むね……」
私が再び階段の方を見ると、兎の耳は手旗信号でも送るかのような動きをしていた。複雑なその動きからは、明らかに気がついてもらいたいという意図が伝わってくる。
手に持っていたタブレットからタブさんの声が流れた。
『レベルが低いモンスターであっても、長時間活動させることで少しずつ知能が芽生えることがある。まあ、都合よく長時間活動をさせていたモンスターがいれば、それが一番いいのだがな』
最後のタブさんの言葉に、兎の耳だけではなく、頭ごと持ち上がった。真っ赤な目が2つ、こちらを覗き込んでいる。
私も湊ちゃんも、春日井君も、ミリアも、みんなで同じ方向を向き、それを見つめていた。
「どこかに都合よくいないかなあ」
私の棒読みのセリフに、湊ちゃんが反応する。
「そうだね、いたらいいねえ」
湊ちゃんも棒読みだった。
「いるといいよな」
平坦で抑揚のない声を出したのは春日井君。
「いると、い・い・の・で・す」
ロボットのように細切れな声を出したのはミリア。
そしてスローラビットが階段を上がってくる。ぺたりぺたり、と歩みは遅い。兎なのに2足歩行だからだ。
よくこれで生き残れたなと思えるほど、スローラビットは鈍足で動きが鈍い。レベルは1だから、MPの消費は極めて少ない。自然回復するMPが消費量を上回っているため、MPが減ることはないのだ。
「まあ、仮にそんなモンスターがいたとして、地下170階のボスに瞬殺されたら可哀想だよね」
私がみんなに向けて言うと、ミリアが応えてくれた。
「お姉様、大丈夫なのです。あまりにレベル差があり、敵意の欠片も脅威もないモンスターは無視されるのです。ヘイトがゼロなのです。空気のように扱われるのです」
「じゃあ、ボス部屋に降りても大丈夫なんだね」
私の問いかけには、スローラビットが反応していた。
こくこく、と頷くスローラビット。
歩みが遅いので、私たちの方から近づいていく。
ようやくスローラビットと出会うことができた。パーティ登録をしてメンバーに加えることになった。




