第243話 勘違い
春日井君から2人きりで話したいと言われた。何やら余計なことを考えていたせいで、変に意識してしまう。
湊ちゃんやエリ先生に伝えるべきか迷った。みんな暇そうにしていて、エリ先生とミリアは笑いながら話している。湊ちゃんはスマホで音楽を聴いているようだが、眠そうだから半分寝ているようなものだった。こっそりこの場を離れても気づかれないだろう。
なんとなく、校舎裏に呼び出される女子生徒を想像しながら、春日井君と一緒に通路の角を曲がった。湊ちゃんたちの姿が見えなくなり、2人きりになった。
「話ってなに」
少しぶっきらぼうに聞くと、春日井君が近づいてきた。向こうに声が聞こえないように距離を詰めてくる。
「南波がいると話しにくかったから」
春日井君からは緊張が伝わってきた。じっと私の目を見つめてくる。
まさか、まさかの、告白が待っているわけではないと思うのだが、世の中にはそのまさかが存在することもある。
こんなことでダンジョンシミュレーターを使うことはできない。私が意識していることをバラしてしまうようなものだからだ。
それに告白されたからといって、返事なんて決まっている。春日井君なんてただの友だちなわけだし、「付き合ってくれ」なんて言われたら、断るだけだ。
例えば、「ごめんね。私には好きな人がいるから」みたいな感じか? 少女漫画ではこんな感じだった気がする……。でも、ちょっと待て。待てよ……。
私には好きな人はいないぞ。まずい、まずい。
こんなことなら好きな男子を作っておくんだった。
私は少しだけ焦りを感じる。
この方法は使えない。
なら、なんと言って断る? やばい、やばいぞ。私は答えを持ち合わせていない。準備ができていない。心の準備も、返す言葉も。
気のせいか、動悸が激しくなっている気がする。
脈拍が速くなっているのが自分でもわかる。
こんな状態ではまともに言葉を返せないかもしれない。
返す言葉が見つからず、さっきみたいに「うん……」としか言えない可能性もある。そんな風に間違えてOKを出してしまったらどうなるんだ……。
そうしたら、どんな顔をして湊ちゃんに会えばいい? どんな顔でエリ先生とミリアを見ればいい?
春日井君の口元が見えた。口が開こうとしている。その動作がまるでスローモーションのように感じられる。
これが超感覚というやつだろうか? 時間の流れが遅くなったように感じられ……。
そして、運命の時が……。
「南波だと経験がないだろうから、経験豊富な筑紫と話したかったんだ。ほら、俺も経験がない方だろ?」
「け、経験」
私はつばをゴクリと飲み込んだ。
もしかして春日井君は、告白とかそういうのをすっ飛ばして、まさか、まさかの、直接行動に移そうという……。
「南波だとこんな話は難しいし、筑紫ならと思ってさ。いろいろ教えてほしいんだ」
「教えて……ほしい……」
私の脳内で様々な妄想が弾け出す。
あれや、これや……。でも、そんなの私だって知らないし……。AとかBとかCとか。でも、私にはAの経験すらないんだし。
もしかして、ダンジョン部との罰ゲームで私のキス顔を見て……。多くの人は変なキス顔と判断していたけれど、経験のない春日井君は、私が経験者だと思った?
「経験、豊富だろ? 筑紫は」
私は恐る恐るといった様子で聞き返す。
「もしかして……Aの経験のことを言っている?」
「ん? ああ、A? それもあるけど、俺が話したいのはそうじゃなくて。その先のことだよ」
「その先!?」
私は大きな声を出してしまい、慌てて自分の口を手でふさいだ。
春日井君はキスの先を考えているということか? こんな場所で? こんなダンジョンの奥深くで?
確かに今は配信をしていないから誰にも見られない。この場所なら死角になっていて、湊ちゃんたちからも見えない。
そんなことを考えていたら、春日井君が動いた。
春日井君は曲がってきた角の先へ顔を出し、湊ちゃんがいるずっと向こうを指さした。
「あの階段の先。地下170階だよ」
私は一瞬パニックになった。春日井君の伝えたいことがわからなくて混乱していた。
「え!? あ、どういうこと!? Aの先ってことじゃなくて!?」
「何のことを言っているんだ? 筑紫の言うAってあれだろ? 謎の存在の〝A〟。ダンジョン配信のチャットを乗っ取った謎の存在。内部犯行の可能性とか、ウィルスだとか、悪意を持ったAIじゃないかと言われていた、あれだろ」
一瞬パニックになりかけたが、理解した。
そういうことか。
私が言うAはキスのことで、春日井君が言う〝A〟はチャットを乗っ取ったり、キメラを合成して私たちを襲ってきた存在のことだ。
「そっちかい!」
私は1人でツッコミを入れた。
「筑紫は何だと思ったんだ?」
春日井君は首を傾げる。
「俺が聞きたかったのはあの先だよ。ボスのいる地下170階。すぐそこの階段を降りると170階へ行けるけど、別の階段で169階に登れるんじゃないかということだ。だとしたら、民間組織のハンターたちが別の階段で169階に上がってる可能性はないかと思ってさ」
確かに、春日井君の言う通りだ。
ハンターたちが降りてから、かなりの時間が経過していた。
連絡もないし、最悪のケースなら全滅だ。だが、15人もいれば誰かが逃げてくるだろうし、私たちに助けを求めてくるはずだ。
まったく連絡がない場合の別のケースが考えられる。
それは……。
逃げ出した……?
別の階段から?
「南波に話すと不安にさせるかと思ってさ。だから筑紫と話そうと思ったんだ。こういう可能性があるかどうか、相談がしたくて」
自分の妄想がまったく外れて口をあんぐりと開けたあと、私は棒読みで言葉を漏らした。
「だよねー。ただの相談だよねー。湊を心配させちゃうよねー。相談は大事だよねー」
春日井君は私を見て、不思議そうな顔をしていた。




