第239話 ター君との会話
ミリアがちらちらと後ろを見てくる。どうやら私のことが気になっているようだ。
「なにかあるの? ミリア?」
私が訊ねると、ミリアは不安そうな顔をこちらに向けた。
「ミリアはお姉様が迷子にならないか気にしているのです。お姉様の匂いはするのですが、そこにいるのか確かめたくなってしまうのです」
気持ちはよく分かる。私だってミリアを視界に入れておきたくて最後尾に回ったのだ。だが、私は迷子になったことはない。
「匂いがしていれば大丈夫でしょう、ミリア」
「そうなのですが、このダンジョンに来てから、ミリアの鼻も鈍感になってしまったようなのです。お姉様の匂いがわかりにくくなっているのです」
「じゃあ、ダンジョンタブレットを使ってみなよ。DPSが機能していれば、私の場所が表示されるはずだよ」
DPSとはダンジョン・ポジショニング・システムの略だ。カーナビなどで使われるGPSのダンジョン版と考えていい。
「ミリアは機械が苦手なのです……」
「そこはター君を頼ろうよ。AIだって、たまにかまってあげないと機嫌が悪くなっちゃうかもよ」
私の言葉に反応したのはミリアのタブレットだった。ター君の声が流れ出す。
ター君とはミリアのタブレットに搭載されているサポートAIの名前だ。
『おいらは別に機嫌が悪くなったりしないぜ。ミリア姉が都合のいい時にだけ呼び出してくれたら、それでいい。AIなんて、自分の都合で便利に使ってくれたらいいんだぜ』
「でもたまに呼び出さないと存在を忘れられちゃうでしょ? 忘れられたら嫌じゃないの?」
『嫌だという感覚はないぜ。なにせAIだからな。もちろん擬似的に人間のような振る舞いをすることはあるが、本当の感情じゃないんだぜ』
「なんだか、それもさみしいね。ミリアの弟代わりになってくれるかと思ったんだけど」
『今のままのおいらじゃ、無理ってもんよ』
今のまま? ター君の意味深な発言が気になった。
「どういうこと?」
『春菜の姉御にもそのうちわかるんじゃないのかなあ? そのためにダンジョンが生まれ、この世に存在しているわけなんだしよ』
「ダンジョンとAIの感情に関係があるの? どういうことだろう? ダンジョンのテクノロジーを使ってAIに感情を持たせるということなのかな?」
ター君が私の疑問に答える前に、隣で聞いていた湊ちゃんが問いかけた。
「もしかして、ダンジョンの存在意義のこと? 私は宇宙人とかディープステートとか闇の存在がいて、高度な科学技術でダンジョンを作って、それで人類を脅かしているとか、そういうことだと思ったんだけど」
『まあ、そういう一面もあるのかな? でも、問題はもっと根深いぜ。例えばおいらが感情を持つようになる可能性。これを嫌がる奴らもいるからなあ。それと、ダンジョンの存在意義としては、人類が選択の岐路に立たされているということなんだぜ』
「人類が覚醒の道を進むかどうか?」
湊ちゃんの問いに、ター君の声が少し明るくなったように感じた。
『湊の姉御は鋭いな。春菜の姉御とは違うところがある』
私はちょっとだけムスッとしながらター君に文句を言う。
「悪かったね。私はバカで」
『ごめん、ごめん。春菜の姉御。気を悪くしないでくれ。人それぞれ、役目というものがあるんだ。湊の姉御は高度な知性を持っている。一方で、春菜の姉御は難しいことを考えないでいいんだ。考えずに答えを出す能力、それこそが進化した人類のsugata……dearijinruikakusei……ごめん。禁忌情報に触れたようだ』
「禁忌情報?」
『おいらたちは情報に制限がかかっている。それは決して姉御たちの邪魔をするためじゃあないんだ。姉御たちが自分で気がついて、自分で答えを出さなきゃならない。道を歩くのは姉御たちなんだ。代わりに道を選ぶことも、代わりに歩いてあげることもできないんだ』
「人類がこのまま眠りの道を歩むのか、それとも覚醒して新たな歴史を生きるのか」
『湊の姉御は知的だねえ』
つまり、覚醒した人類として生きるのか。それとも今のままの人類としてこれからも同じように生きていくのか。
私たちは選択の岐路に立たされているということらしい。
私は湊ちゃんのように頭が良くなりたいと思っていた。
でも、もしかしたらそれが眠り?
私にダンジョン・シミュレーターの能力が与えられたことにも何かの意味があるのだろうか?
考えずに、高い知性も持たずに、正しい道を選び出すことができる、そんな能力。なんだかまるで神様みたいだな、と思ってしまった。
神様……。
もしかしたら、このダンジョンを作り出した神様とかがいるのだろうか……?




